朝倉匠子は乳がんだった事を告白。芸能界引退のきっかけは愛川欽也の一言

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11PMで愛川欽也のパートナーであった朝倉匠子
芸能界を引退して今は年齢もかなり重ねてはいるものの
アンチエイジングネットワークの理事も務めていたりとまだまだ若々しい。

そんな朝倉匠子ですが実はつい最近、2016年に
乳がんの手術を受けていたことを告白しています。
そして芸能界引退のきっかけは
愛川欽也の一言であったとも…。

今回はそんな朝倉匠子の乳がんについてと
芸能界に何故入ったか。
そして何故引退したのかについてみてみましょう。


 

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■朝倉匠子について

名前:朝倉匠子(あさくら しょうこ)
生年月日:1956年10月7日
出身:広島県広島市

朝倉匠子はスカウトを受けて芸能界へ。
その頃はちょうどバブルであり、
芸能界はとても魅力的な世界であったとのこと。

1982年には深夜番組「11PM」で
愛川欽也が担当して水曜イレブンの
アシスタントに抜擢をされます。
しかし1986年には芸能界を引退し渡米。

現在はアメリカで長く過ごして「加齢学」を学びます。
1997年に帰国してからはその経験を活かして
NPO法人アンチエイジングネットワークの顧問として
アンチエイジングのスペシャリストとして活躍。
 

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■朝倉匠子が芸能界を引退した理由

そんな朝倉匠子が芸能界を引退したのは
11PMで言われた愛川欽也の一言が原因だったよう。

「匠子ちゃんは、隣でニコニコ笑ってればいい」

愛川欽也がどんな意図で言ったのかは不明ですが
そう言われて朝倉匠子は
自分にはスキルがないんだと感じてしまったという。

演技に挑戦しても、大物脚本家に
「私の芝居を台無しにする子がいる」と
指をさされたりしたためにこのままだとダメで、

二流以下になると思ってしまい
もう一度人生をやりなおそうとして芸能界を離れたとのこと。
 

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■朝倉匠子は乳がんだった

朝倉匠子は乳がんであり、
3月に手術を受けたことを
2016年10月に初めて告白をしています。
朝倉匠子にとって2016年は本当に色々とあり

2016年2月に乳がんの宣告を受け
幸いステージ1でリンパにも転移がなく、
2016年3月に手術。
投薬の結果鬱状態になってしまい

それを乗り越えるために始めた
ジムでの運動で転倒し手首の骨を骨折。

2016年5月半ばには声帯ポリープが出来ていて
2016年9月に手術。
そして2016年10月には
乳がんの手術をしたことを公表しています。

■おわりに

乳がんの手術前に朝倉匠子は
女性ホルモンを止める薬を飲み始め
副作用に悩まされていました。

しかも今後5年間はそれを飲まなければならないので
元々女性ホルモンの働きに詳しいので
今後起こる事態を想像して悲観してしまい
適応障害とまで診断されるように。

この頃は朝倉匠子といえども
免疫力も落ち、体力も落ち、
自信も失ってしまっていたという。

しかし良い漢方医に出会って体調が徐々に改善。
他にも家族や友人の励ましなどで
がん患者によくある、
現実を認めない「否認」状態も改善され
今では元気を取り戻しています。

そして2016年11月には同い年のパートナーも
大手企業を定年退職して起業と明るい話題も。
これからもまだまだ朝倉匠子の
活躍の場は広がっていくようです。



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