岩田剛典を排出したミスター慶應コンテストは今年も続行!

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ミスター慶應コンテストで最終選考者になったことのある岩田剛典
ミス慶應コンテストは運営する慶應義塾広告学研究会の不祥事により
残念ながら解散されてしまいましたが

ミスター慶應コンテストは予定通り開催される予定です。
今回は岩田剛典とミスター慶應コンテストとの絡みについて見てみましょう。


 

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■岩田剛典について

名前:岩田剛典(いわた たかのり)
生年月日:1989年3月6日
出身:愛知県名古屋市

岩田剛典は元々ダンサーや俳優といった
華やかな世界に入る予定は全くありませんでした。

慶應義塾大学では普通に就職する予定で
大学4年の7月には内定をもらっていて、
内定者たちのLINEグループでリーダーをしていて
内定先の企業からも懇談会のお知らせがきたりという時期。

しかし2代目JSBのメンバーだったNAOKIに誘われて
今新卒というカードを逃したら
もう就職は絶望的であろうとは思ったものの

やはりダンスという夢への道が目の前に
あることの魅力は何者にも耐え難かったとう。
 

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■岩田剛典とミスター慶應コンテスト

岩田剛典がミスター慶應コンテストのファイナリストに残ったのは
大学三年生の頃の2009年度。
出場したきっかけは他薦なのですが、
知らない人からの推薦であったという。

去年も一昨年も運営団体に声をかけられていたものの
断っていて、三年になり余裕が出てきたのと
サークルの友人にも背中を押されたのもあり
2009年度のミスター慶應コンテストには出場することに決めました。

JADEというダンスサークルに入り、
二年生の時にサークルで葬式という立場になり
三年生のときにはサークルの部長に。

ミスター慶應コンテストでは惜しくもグランプリを受賞はできませんでしたが
ファイナリストに残れただけで
在学中から岩田剛典の魅力は凄かったのは明らかですね!

また、ミスター慶應コンテストで
卒業後の道について聞かれていますが
そのときに岩田剛典は何もかんがえていない、と答えています。

しかしダンスをやっているのも
人を楽しませたいという気持ちがあってのことで
プロのダンサーは目指してはいないものの
エンターテイメント性のある仕事に就きたいと語っています。

そのことを考えると就職先の内定を蹴って
三代目JSBへの道を目指したのも当然なのかもしれません。

■おわりに

岩田剛典の父親は靴メーカー、
マドラスの社長で実は御曹司。

両親はわざわざ愛知県から岩田剛典を上京させて
中学受験までさせるような教育熱心な親だったという。

そして母親は一緒に上京までして
私立にも通わせてくれたりと、
三代目JSBのメンバーになる道を選んだことには
かなりショックを受けていたようです。

しかし今の岩田剛典の活躍をみたら
親もこれで良かったんだ、と思ってくれているでしょうね!

岩田剛典が注目された一因でも有る
ミスター慶應コンテストは今年も無事開催されます。
今年はさすがに無理でしょうが

来年以降はミスター慶應コンテスト開催団体が
ミス慶應コンテストを運営しれくれると良いのですけど、
こういうのは伝統がある程度大切ですし
そう簡単には行かないんでしょうねぇ…。

 

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