岡平健治(19)の現在はライブハウスを開業しジューク時代の三倍の稼ぎ

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19(ジューク)のメンバーで
ボーカル・ギター・ハープを担当していた岡平健治

現在はなんと自社ビルを設立して
ライブハウス、音楽スタジオやバーなどを経営しており
19の全盛期のおよそ三倍の稼ぎであるという。

今回はそんな岡平健治のジュークの解散理由と
現在についてみてみましょう。


 

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■岡平健治のジューク解散の理由について

ジュークはもともと岡平健治と岩瀬敬吾のデュオで
デビュー仕立ての頃は326(みつる)が

ビジュアルプロデュース・作詞としてメンバーとして
参加をしていました。
1999年春には「あの紙ヒコーキくもり空わって」が大ヒット。

そして1999年10月のサードシングル「すべてへ」で
326が事実上19を脱退。
2002年には人気絶頂であったものの2002年3月で解散を発表。

当初は不仲説が流れたものの
そのようなことは無いと後に否定し
ジューク解散後も連絡を取り合っているという。

そして2013年に19解散の理由を明かしますが
事務所との関係が悪かったと
岡平健治と岩瀬敬吾が語っています。

二人共今の環境から飛び出したいことは共通していましたが
岡平健治は新しいものにチャレンジしたいという思い。

岩瀬敬吾は解散したくないという思いがあり、
主張が食い違ってしまったため
2人で相談して解散を決定したというのが理由のようです。

ちなみに326は19の解散をテレビで初めて知って
事前に相談もなく、事後報告もなくて
複雑な気持ちだったという。
 

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■岡平健治の現在

事務所との関係が悪かったという19の岡平健治ですが
人気絶頂期には数億円を稼ぎながらも
なんと月収は10万円程度。

20歳の時に事務所と契約更改をして
給料プラス歩合制にすると5000万円も手に入ります。

そうしてその元手を豪ドルに投資し成功。
更に中国株に投資をすると資金が数倍に。

建設会社は倒産してしまったものの
アパレル業や飲食業に挑戦をし
2012年には自社ビルを建設。

2013年には地下にライブハウスを開業、
2階から6階までは賃貸、7階は
レコーディングスタジオであり

他にも出身地の広島等を含めて
ビルは全部五棟持っていて
現在はその家賃収入で生活をしており

現在の収入は19全盛期の3倍くらいと
かなり成功をしています。

■おわりに

岡平健治は今でも音楽への情熱は失っておらず
2017年にもソロで全国弾き語りツアーなどを開催しており
19の再結成も望まれていたりします。

岡平健治は売れなくなったら
再結成するようなバンドになりたくないため

19のときと同じぐらい売れたら
19を再結成させようと語っており
再結成の可能性はゼロではなかったりします。

岡平健治は2017年3月28日で38になり
ちょうど19の2倍の年齢なので
今年中に何か動きがあったりするのかも…?
 

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