成宮寛貴はカミングアウトして引退したが新宿二丁目で働く経緯が凄い

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性的マイノリティであることをカミングアウトし
電撃引退をした成宮寛貴

成宮寛貴が性的マイノリティとなったきかっけは
やはり新宿二丁目で若いうちから
働いていたことであるとされています。

では何故、成宮寛貴は新宿ニ丁目で働き
最終的にカミングアウトをして引退したのでしょうか。

今回は成宮寛貴が新宿二丁目で
働くことになった経緯とその後芸能界に
興味を持ったきっかけについて見てみましょう。


 

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■成宮寛貴が新宿二丁目で働くことになった理由


成宮寛貴は幼い頃に両親が離別をしています。
そして祖母と母親、6歳年下の弟と
4人で暮らしていました。

しかし成宮寛貴が14歳の頃に
母親が交通事故でなくなってしまいます。

弟はまだ小学生であり、
進学をせずに働くことを決意。

もともとは引っ越しのアルバイトをしていましたが
母親の生命保険金は親戚に騙し取られてしまい
収入が足りないために
新宿二丁目で仕事を始めたという。

そうして成宮寛貴は新宿2丁目では
どんな人からも好かれる明るさと目立つルックスで

新宿二丁目で有名になり、
金銭的に援助をしてくれる人間が
複数名現われるほどでした。
 

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■成宮寛貴が芸能界に入った経緯

そうして17歳のころには
新宿2丁目のイタリアンレストランでアルバイトを開始。
芸能人もよく店を訪れ、芸能界入りを考えるように。

そこでかたせ梨乃と親交を深めて飲み仲間になり
所属事務所の社長とも知り合いデビューをしたという。

芸能界入りを考えたのは大卒を超える給料をもらうためで
やはり弟をきちんとした大学にいれたかったから。

ですが本人としては押しが強くなければ生き残れない芸能界は
向いていないのかもしれないと悩んでいたようです。

■おわりに

成宮寛貴は引退発表のFAXで
性的マイノリティであることを事実上
初めてカミングアウトしましたが

引退の決断が早かったのも
弟はもう立派に育っており
もともと芸能界に向いていないと
考えていたという理由も大きそうです。

成宮寛貴は現在は海外にいると見られていますが
タイやシンガポールに親しい友人がいるとのことなので
そちらに身を寄せているのかもしれないですね。

 

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