西脇充子(元プロレスラー)は浅香山部屋の女将!子供はいないが病気を乗り越え…

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元プロレスラーで北斗晶とも親交の深い西脇充子
現在は元大関「魁皇」と結婚して浅香山部屋の女将となっています。

今回はそんな西脇充子の病気や
魁皇とのなれそめについてみてみましょう。


 

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■西脇充子について

名前:西脇充子(にしわき みつこ)
生年月日:1967年11月2日
出身:岐阜県

西脇充子は1985年に
全日本女子プロレスでデビューを飾ります。

同期には北斗晶がおり、
西脇充子のことを北斗晶が
10代の頃から苦楽を共にした姉妹とも言えるほど
親交が深い仲です。

また、一個下がアジャコングであり
スター選手と交流がとても深い。

西脇充子は1990年、22歳の頃には
プロレスラーを引退しタレントに転身し
ドラマや映画などで活躍をしています。

■西脇充子の病気について

西脇充子は1995年に
お腹に異物感を感じて病院で検査をし
病名が卵巣がんであることを告げられます。

すぐに手術をして手術は成功したものの
右卵巣を全摘出したために
子供ができにくくなってしまいます。

抗がん剤治療の影響で髪が抜け落ちたり
吐き気に襲われたりと
大変な苦痛を伴っていました。
 

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■西脇充子と魁皇のなれそめ

西脇充子が卵巣がんという大きい病気をし
子供が出来づらくなってしまったために
そんな西脇充子を励ますために友人が食事会を企画。

そうして共通の記者が来る予定だったものの
ドタキャンをされ、その代わりにきたのが魁皇。

一緒に食事会に行っていた
後輩のアジャコングも魁皇と西脇充子が
良い雰囲気だと発言するほどで
交際に発展します。

交際して1年し、西脇充子が
子供が出来ないかもしれないと
魁皇に言ったものの

魁皇はそんなのは気にしないと答えたのが
実質的なプロポーズし、
交際から1年半後に結婚をします。

■おわりに

2011年に魁皇は引退をし、
2014年には浅香山部屋を創設。
浅香山部屋の創設までには3年半、
そして総工費2億円をかけています。

西脇充子は現在は浅香山部屋で
9人の弟子との共同生活を行っており
まさに弟子たちの母親代わりになっています。

西脇充子自身も10代の頃に
プロレスに入門していて
体育会系の共同生活というのは
よく知っているわけですし

元プロレスラーである西脇充子は
女将さんの適性はとてもありそうです。
 

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