岡田有希子の真相は…。新事実が明らかになる!?峰岸徹との関係は

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ポスト松田聖子として期待されていた岡田有希子
しかし18歳という若さでなくなってしまい
謎が多かったため未だに真相は明らかにはなっていません。

今回はそんな岡田有希子の真相についての
新事実と峰岸徹との関係についてみてみましょう。


 

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■岡田有希子について

名前:岡田有希子(おかだ ゆきこ)
本名:佐藤佳代(さとう かよ)
生年月日:1967年8月22日
出身:愛知県一宮市

岡田有希子は1983年に『スター誕生!』で合格し
芸能事務所はサンミュージック
レコード会社はキャニオン・レコードと契約しました。

1984年に歌手デビューをしてからは
所属事務所が同じサンミュージックの
松田聖子と比較されて
岡田有希子はポスト松田聖子と呼ばれるほどの人気。

そうして1985年には全国コンサートをして
1986年1月にはシングル『くちびるNetwork』を発売し
オリコンチャートに初登場で一位の快挙を成し遂げています。

1986年3月に堀尾kし高校を卒業し
港区青山のマンションで一人暮らしをし
4月5日には全国コンサートを開始。

しかし1986年4月8日に岡田有希子は
自らなくなってしまいます。
 

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■岡田有希子の遺書と峰岸徹

岡田有希子は遺書を残しており
そこにはドラマ「禁じられたマリコ」で共演をした
峰岸徹に憧れたものの
その恋が叶うことがないと判断した、
というような意味の言葉がかかれていたという。

遺書を読んだのは岡田有希子の育ての親とも言われている
当時サンミュージックの社長だった相澤秀禎。

そんな岡田有希子の遺書を読んだ峰岸徹も
以下のようにコメントをしています。

「正直、ものすごくショックです。
僕は兄貴のつもりでいたんですが、

彼女はそれ以上のプラスアルファがあったのかもしれない。
それが愛だったら、責任を感じます」

しかし真相は不明であり
岡田有希子の遺書に書かれていた相手は
本当は神田正輝で、峰岸徹がかばったのではないかなどという説も。

■おわりに

いずれにせよ岡田有希子の件については
真相は不明でもやもやするもの。

事務所から岡田有希子の資料が外国人によって
持ち出されたという新事実もありますが
30年経っても納得の行く真相は出てきそうにないですね…。

社長だけは真相を知っていて
その資料が現在は無くなっているとなると
もうお手上げな気はします。

その資料を再度入手できて
新事実が発見できたなら本当に凄いのですが…。

2016年12月2日20:35追記
どうやら岡田有希子ファンが高じて
サンミュージックに5年間勤務していた
オーストラリア人のリチャードが

岡田有希子の資料をサンミュージックが
倉庫に追いやり、いずれは破棄しそうだったという理由で
資料を持ち出していたようです。

このリチャードは岡田有希子ファンとして
「Youは何しに日本へ?」に出ていた人物ではないかともされています。

岡田有希子の新事実というのは
資料持ち出しをしたのが誰であるか。
そして持ち出した資料はどのようなものかの公開。

岡田有希子がなくなった真相については
やはり触れられていませんでしたね。

資料の持ち出しをしたリチャードに対して
サンミュージックが何も措置を
取っていないこともよくわかりませんし

リチャードがこのタイミングで
テレビに出るのもよくわからない。

岡田有希子の資料が出てきたということで
岡田有希子のCDとかを売り出したりとか
そういうことを考えているのかなぁ…。

すでに当時の関係者はほとんど
なくなってしまっていますから。

 

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