音無美紀子の息子は難病で宗教に…本人も乳がんやうつ病など波乱万丈

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket
  • LINEで送る

音無美紀子は波乱万丈な人生を送っています。
息子は難病であり、そのことが一因となり宗教に入信。
そして乳がん、うつ病となかなかすごい人生です。

今回は音無美紀子の息子の難病と宗教の関係
音無美紀子本人の乳がんや
うつ病などについてみてみましょう。


 

【スポンサーリンク】

 

■音無美紀子の息子の難病

音無美紀子は1975年に
村井國男と結婚しています。

今ではおしどり夫婦とされていますが
プレイボーイであった村井國男は
よく週刊誌を賑わわせていました。

そして村井國男と音無美紀子の間には
娘の村井麻友美、息子の村井健太郎が生まれています。
娘も息子もともに女優、俳優として活動。

そんな音無美紀子の息子、
村井健太郎は難病を患わっていたという。
そのため藁にもすがる思いから宗教、統一教会に入信。
その後息子の難病はなんとか治ったという。

■音無美紀子の乳がんとうつ病

息子の難病は治ったものの
今度は音無美紀子自身に乳がんが発覚。
乳がんの手術まではポジティブな思考で
リハビリもバリバリこなしていました。

しかし退院してからは乳がんで全摘出をしたために
子供が抱けない、一緒にお風呂に入ることも出来ないと
マイナス思考に陥ってしまい
抗癌剤の副作用でも音無美紀子は弱気になってしまいます。

音無美紀子は強がりな性格のため
入院中に友人の名前を借りた名札を病室につけるほど、
乳がんであるということを明かすのが
嫌だったし怖かったという。

そのため退院してからは音無美紀子の強がりな性格のための
誰かに甘えて助けを求められず、自分で自分を追い詰めてしまい
うつ病となってしまったという。
 

【スポンサーリンク】

 

■音無美紀子のうつ病を救ったのは娘の村井麻友美

音無美紀子のうつ病を救ったのは
当時小学校一年生に上がったばかりの娘、村井麻友美の一言でした。

「ママって笑わない。
ママが笑った顔が見たい。ママが笑うとかわいいのに」

その一言で音無美紀子は笑わない自分に気づき、
今までは自分の顔がひどくて顔を見ることがひどかったものの

娘に言われたから
鏡を見て笑顔を作ってみよう、
今度は口紅をつけてみよう、
美容院へ行ってみよう、と少しずつ
元の音無美紀子に戻っていったという。

■音無美紀子の頑張らせたのは夫の村井國男

音無美紀子をうつ病から立ち直らせたのは娘でした。
では夫の村井國男は何もしていなかったかというと
辛抱強く支えていました。

村井國男と音無美紀子には以下の様なやり取りがあり
それが音無美紀子の支えとなったという。

(息子と娘の寝顔を見せて)
「あと5年、君頑張って生きててごらん」

(数週間たってやはり無理だと繰り返す)
「じゃ、あと3年ね。頑張って。3年生きたら、
3年分の成長見られるから、3年だけでも楽しもうよ」

(更に数週間たってやはり無理だと繰り返す)
「もう1年でいいから、1年生きてくれたらいい。
僕が後は育児ができるように、君に何でも教わるよ。
育児も教えて、学校のことも教えて。

区役所のこと、銀行のこと、全部教えて。
1年で何とか覚えるから、1年生きてよ」

■おわりに

音無美紀子は入院中に
乳がん日記というものをつけていました。

自分の気持ちを整理し
次々と起こる手術やリハビリ、退院などの
心構えにはなっていたであろうと音無美紀子は語っています。

小林麻央もブログを開設しましたが
そのような意味でも良い効果をもたらすのかもしれません。

 

【スポンサーリンク】

 

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket
  • LINEで送る

SNSでもご購読できます。

コメントを残す

*

CAPTCHA