細川護熙は倒れた過去が…病名は不明なもののタイミングが悪かった!?

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket
  • LINEで送る

79代総理大臣である細川護熙
政界を引退した現在では陶芸家、
そして新米絵師としても活躍するという精力的な人物。

そんな細川護熙には実は倒れた過去があります。
今回は細川護熙の倒れた経緯について見てみましょう。


 

【スポンサーリンク】

 

■細川護熙は政界引退後に脱原発を掲げていた

細川護熙は1998年5月7日に60歳の還暦を迎えたことで政界を引退します。
そしてその後は暫くは陶芸家、茶人として活動。

しかし2014年1月14日に
小泉純一郎から推薦を受け、
2014年東京都知事選選挙に出馬を正式に表明。

しかし2014年2月9日の東京都知事選では
桝添要一元都知事に敗れてしまいます。
この時の得票率は2位は宇都宮健児、そして3位が細川護熙でした。

■細川護熙が倒れた経緯

細川護熙は2014年東京都知事選に破れはしたものの
政策として、都内で必要な電力を都内で供給する地産地消を掲げていました。

また、2014年5月7日には
細川護熙は小泉純一郎元首相とともに
脱原発を目指す「自然エネルギー推進会議」を発足しています。

今まで細川護熙は政界を引退していたのにもかかわらず
2014年東京都知事選などで多忙になったためか
2014年4月中旬には東京の品川駅で倒れ、意識不明となりました。

2014年5月19日に精密検査を受けたということですが
倒れるほどであったというのに病名は依然として不明のままです。
 

【スポンサーリンク】

 

■細川護熙が倒れたことで…

上記のように細川護熙が病名は不明なものの倒れたことにより
「自然エネルギー推進会議」のい代表理事は続けはしますが
東北芸術工科大、京都造形芸術大の学園長としては辞任しています。

当時76歳で現在は78歳ですからね。
さすがに精力的に活動をしてはいるものの
体がついてこなかった、ということなのでしょうか。

精密検査を受けたものの病名は公表されていないということは
そんなに大きな病気ではなかったということだとは思いますが…。

■おわりに

細川護煕は政界にいるよりは
現在のように陶芸家、絵師などの
芸術畑に居るほうが本人にとっては良いのかもしれません。

今までと違う分野にチャレンジし
成功している人を見ると
年齢を言い訳にして、今からやるには遅すぎると
諦めていた夢に自分もチャレンジしてみようという気が起きるので

細川護煕元首相の芸術畑での活躍には
勇気づけられるものが有ります。

ある意味では倒れたことによって
芸術に専念できたわけですし
災い転じて福となる、とも言える気がしますね。

 

【スポンサーリンク】

 

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket
  • LINEで送る

SNSでもご購読できます。

コメントを残す

*

CAPTCHA