三笠宮崇仁親王殿下は過去にも心不全などで入院をしていた

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三笠宮崇仁親王殿下は2015年12月2に百歳になられました。
昭和天皇の弟で、今上天皇の叔父に当たる人物です。

今回は三笠宮崇仁親王殿下の
病気による入院などをみてみましょう。


 

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■三笠宮崇仁親王殿下について

三笠宮崇仁親王殿下の生年月日は1915年12月2日。
100歳ということになります。

御称号は澄宮(すみのみや)。
お印は若杉。
皇位継承順位第5位でした。

大正天皇と皇后との間の第四貴男子として生まれており
3人の兄からは年齢が最低でも10歳離れており
皇位継承の可能性が低いということもあって
自由な立場で行動をしています。

1935年に成人し、貴族院議員となり
1941年に子爵高木正得の次女百合子と結婚。
三男ニ女をもうけます。

1943年にはお印にちなんだコードネーム「若杉」で
南京の総司令部に勤務をしており、
三笠宮崇仁親王殿下は総司令官のブレーキ役だったようです。

この時に三笠宮崇仁親王殿下は正体を隠していたために
司令部でも知らない人間は多かったという。

この時に通訳から中国語と中国事情を学び
後の考古学へ関心を持つように鳴ります。
 

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■三笠宮崇仁親王殿下の病気と入院について

三笠宮崇仁親王殿下は90歳前後のころから
心臓の僧帽弁に異常が見つかり、
僧帽弁閉鎖不全で入院と退院を繰り返す時期がありました。

具体的には2008年6月19日には左心室の、
血液を送り出す弁である僧帽弁が
完全には閉じず、一部の血が心臓に残ってしまうという、

僧帽弁の機能不全による
急性心不全のため聖路加国際病院に入院をしています。
この入院以前から僧帽弁不全の症状はあったとのことです。

また、2014年9月には風邪の症状で入院。
そして2016年5月16日には急性肺炎のために
聖路加国際病院に入院をしています。

三笠宮崇仁親王殿下は年齢が年齢であるために
病気にかかりやすくなってしまっていました。

■おわりに

三笠宮崇仁親王殿下は自らの息子3人には
全員先立たれてしまっていました。

やはりそのことで心理的に弱ってしまっており
病気にかかりやすくなってしまったというのもあったのかもしれません。

 

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