南部昌江。松原正樹の妻で作曲家の彼女の画像・経歴など。

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南部昌江さんは作曲家です。
しかしギタリスト・松原正樹の妻といったほうが有名かもしれません。
今回はそんな彼女の画像や経歴などを見てみましょう。

上記画像は南部昌江さんと夫の松原正樹さん。
2005年時点の画像です。
この時点では松原正樹さんは
死因でもある十二指腸癌などの病気は患っていなかったそうです。

■南部昌江さんの経歴

1960年生まれで北海道の帯広出身。
家族構成は父母妹。

父はタクシードライバー、母は和裁の内職と
両親の仕事が音楽ではなかったようです。
しかし父親の趣味がギターを弾くこと。

その影響で小さいことから音符の読み方を教えてもらい、ピアノ教室に入ろうと決心。
しかしピアノ教室は定員オーバーで入れなかったところ
たまたまエレクトーン教室生徒募集のCMを見、興味を持ち習い始める。

電子オルガンで好きに楽曲を作ればいい、という
指導方針が南部昌江さんにぴったりとはまり
父のギターと合わせて合奏をしていて楽しみながら演奏していたとのこと。
指導方針が本人に合ってるとやっぱりぐんぐんと伸びるものなんですねえ。

その後年に一回開かれるコンクールに専念、中学2年生のことから
先生の勧めで札幌へ月2回のレッスンに通ったとのこと。

土曜の夜に夜行鈍行列車で7時間程度かけて帯広から札幌へ。
そして札幌で日曜のレッスンを終えたらまた夜行鈍行列車から学校へ、
という生活を余年ぐらい続けたそう。

その結果道東大会、北海道大会、全国大会、世界大会と順調に賞をもらえるように。
やっぱり結果を残す人は努力してるんだなぁ…と思いますね。

そして高校卒業と同時に上京し、
ヤマハの「準専属エレクトーンプレーヤー」として
全国各地のコンサート、NHKや地方局の番組などでの演奏活動。

そして22歳で作曲家になるために準専属プレーヤーをやめ、歌手のバックで
キーボードの仕事をしながら曲作りをし、ギタリストの松原正樹と知り合い1990年に結婚しました。

■南部昌江さんの入院

南部昌江さんは長いキャリアと経歴にもかかわらず
実はソロアルバムは少ないんですね。

上記のnanboo!のみなんです。
そしてこのアルバムももしかしたら世に出なかったかもしれないんです。

このnanboo!を出した理由は2003年の暮れに南部昌江さんが入院したから。
悪性かもしれない、と言われ生きる意味を真面目に考えた南部昌江さん。
高木麻早さんのアルバムのプロデュースの仕事が入っていたため、入院中も作曲していたそうです。

そして高木麻早さんのアルバムのレコーディングが終わった後に
南部昌江さんのアルバムを作ろう、とディレクターが言ってくれて
南部昌江さん自身も自分のアルバムを作ろう、と思ったのが理由。

夫・松原正樹さんは2015年5月に十二指腸癌がわかり
2015年6月に手術はしたものの転移が多かったとのこと。
そして2016年1月18日に入院したのですが抗癌剤拒否を若いことから二人で決めていたんですね。

抗癌剤拒否というのは2003年の南部昌江さんの入院の時に
色々と二人で話し合った結果なのかもしれないですね。

■おわりに

南部昌江さんは松田聖子さんに自分の曲で歌ってもらいたい!という思いがあったそうです。
夫の松原正樹さんは松田聖子の「渚のバルコニー」などでも共演していましたし
そこで憧れとかあったのかなあという気もします。
南部昌江の曲、松原正樹のギター、そして松田聖子の歌は聞いてみたかった気がします。

夫の松原正樹さんは十二指腸がんで亡くなってしまいましたが
南部昌江さんもこう言っています。

松原が魂を込めた演奏、
追求し続けたサウンドの作品は沢山残っていますので、
末長く愛聴して頂けたら、松原がこの世に生きた証しとして嬉しく思います。

松原正樹さんのご冥福をお祈りします。

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