高井研一郎は生前葬を以前からしていた。その様子が豪華すぎる

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79歳という高齢で連載を抱えていた高井研一郎
実はかなり以前から生前葬をしていました。

今回は高井研一郎の生前葬についてみてみましょう。


 

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■高井研一郎について

名前:高井研一郎(たかい けんいちろう)
生年月日:1937年7月18日
出身:長崎県佐世保市

高井研一郎は石森章太郎や赤塚不二夫と知り合い
トキワ荘にも入居をする約束をしていました。

残念ながら入居しようとしたときには
すでに水野英子が入居しており
トキワ荘の入居はかないませんでしたが

1956年にデビューして
手塚治虫のアシスタントを経験。

赤塚不二夫の「おそ松くん」の
キャラクターデザインに協力をし
イヤミの誕生に貢献をし
「シェー」のポーズについても共に考えたとされています。

他にも映画「男はつらいよ」の漫画家を手がけたり
高井研一郎の長期連載漫画、
「総務部総務課山口六平太」は
1988年にテレビドラマ化されています。
 

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■高井研一郎の生前葬

高井研一郎は実は2011年7月18日に生前葬をしています。
これは高井研一郎自身が言いだしたことで
2010年に、来年の誕生日に生前葬をしようと思ってるとこぼしました。

本人は冗談だったのかもしれませんが
まわりの人間がのってしまい、
ついに2011年7月18日、74歳の誕生日に
生前葬が開始されます。

葬儀委員長にはちばてつや。
献杯のスピーチは映画監督の山田洋次。

お悔やみマジックはボナ植木、
エスパー熊五郎、堀内大助。

他にも藤子不二雄A、さいとうたかお、
北見けんいち、桂三枝など数多くの人が生前葬に関わっています。

2013年にも高井研一郎の事務所マンション二回で
生前葬の3回目を行っています。
このときにも立川流の落語家の方たち、
そして山田洋次監督、浦沢直樹などもきていたそうです。

■おわりに

高井研一郎は生前葬で
とても生き生きとしており
駆けつけた人を見ると本当に多種多様で
多くの人に慕われていたというのがわかりますね。

 

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