吉野ゆりえの主治医変更の件が凄い!?肉腫診療グループ設立も

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吉野ゆりえは「忘れられたがん」と呼ばれる
「肉腫(サルコーマ)」という希少がん患者でした。

そんながんの中でも珍しいサルコーマ患者であったため
主治医変更であったり専門医が少なかったりと
いろいろなことが有りました。

今回は吉野ゆりえの主爺についてと
肉腫(サルコーマ)診療グループを
設立させた動きについてみてみましょう。


 

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■吉野ゆりえについて

本名:吉野由起恵(よしの ゆきえ)
生年月日:1968年3月6日
職業:元ダンサー

吉野ゆりえは大学在学中にミス日本を獲得し
社交ダンスのプロとして10年間留学し

日本テレビの番組「ウッチャンナンチャンのウリナリ!!」で
芸能人社交ダンス部のコーチをしていました。
この番組を見ていた人は結構多いんじゃないでしょうか。

2002年に現役を引退しましたが
2005年にがんの1種である
後腹膜平滑筋肉腫にかかりました。

■吉野ゆりえの主治医が変更した経緯

吉野ゆりえはダンスを2002年に現役引退をした後は
審査員や更新の育成などをしていました。

そして激しい腹痛で倒れたため
大学病院で診断をしたところ、
この時点では卵巣が腫れているだけという診断。

そして一年だったある日また腹痛で倒れたため
画像を撮った所10センチの腫瘍が発見。

良性だろうと言われたものの
別の医療機関に行き、血液検査と画像検査をした所
悪性ではないとの診断結果。

そして主治医が変わった
セカンドオピニオンの方の病院で
2005年2月腹腔鏡手術をして10センチの腫瘍を取り出しました。
ここでも細胞診の結果は良性。

しかし手術の二週間後に自宅に電話がかかってきて
病理で詳しく調べた所、悪性でがんだということが判明。

何故血液検査でわからなかったかというと
腫瘍マーカーがみつかっていないため。
そして撮影検査でも殆ど映らなかったという。

端的に言うとサルコーマは非常に希少ながんのため
研究が進んでいなかったという。

手術前は良性という診断だったために
腫瘍を切り刻み、結果としてがんの種を
ばらまいてしまったという事になったという。

そして最初に手術をした主治医は良性腫瘍の専門家。
そのため主治医が悪性腫瘍の専門家になりました。
 

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■主治医が再度の交代

ここで悪性腫瘍の専門家に主治医が変わったわけですが
吉野ゆりえはその主治医の話が一方的なことに驚いたそう。

一週間後に手術をして
がん細胞を目に見える範囲でとり
最悪の場合は卵巣と子宮を取ると言われたそう。

手術ミスを結果としてしてしまったひとつ前の主治医は
希少がんであったために仕方ないとして恨んではいないものの

悪性腫瘍の専門家の主治医の態度は納得がいかず
良性腫瘍の専門家の先生に主治医を戻してもらったという。

■肉腫診療グループ設立に向けての働き

吉野ゆりえはそのように、自らが
サルコーマという希少がんにかかり
その希少性から情報が極端に少なく
治療どころか診断の時点で情報が圧倒的に不足していることを危惧。

そのため、同じくサルコーマにかかった人が
速く専門医に相談できるように
「サルコーマセンターを設立する会」を発足。

そしてその動きが国立がんセンター中央病院が
「肉腫(サルコーマ)専門診療グループ」を
立ち上げさせることになります。

これは吉野ゆりえが立ち上げた
「サルコーマセンターを設立する会」が
開いたシンポジウムの12日後には
国立がんセンターで会議が開かれて

そして40日後には診療グループが出来上がったという
まさにスピード決断です。

この「肉腫(サルコーマ)専門診療グループ」が出来たことに降り
今までよりも速く専門医に相談できるようになりました。
いわば駆け込み寺のような存在になったということです。

■おわりに

吉野ゆりえの患ったサルコーマは希少がん。
吉野ゆりえのように診断結果がおかしいと判断した場合は
主治医の言うことだから、と盲信せずに
セカンドオピニオンを持つことは重要ですね。

希少な病気ですとやはり例が少なくて
きちんと診断されるという保証はないわけですし。

 

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