羽根田卓也(カヌー)のコーチはなんと…!?中学高校からの経歴が凄すぎる

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羽根田卓也がカヌーでアジア人初の銅メダルの快挙!
今回はそんなカヌー羽根田卓也の
中学高校などの経歴についてと
コーチについてみてみましょう。


 

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■羽根田卓也について

名前:羽根田卓也(はねだ たくや)
生年月日:1987年7月17日
出身中学:朝日丘中学校
出身高校:杜若高等学校
所属:ミキハウス

羽根田卓也がカヌーを始めたきっかけは
カヌー選手である父、羽根田邦彦の影響。
平成20年には豊田市カヌー協会の理事長を務めています。

9歳のころから父、そして兄の影響で
カヌースラロームを始めています。

きっかけは良い思い出というものではなく
7-8歳の頃に器械体操をしていて
それをやめた所強制的に父がカヌーをさせたという。

そしてジュニア日本選手権では優勝という実力をつけていましたが
中学三年の頃に挑んだ初めての世界選手権では42位と惨敗。
その結果、嫌々ながらもやっていたカヌーは
人生をかけて挑戦する価値のあるものだと思い
カヌーに対し本気になって朝練を毎日するように。

■羽根田卓也の経歴

羽根田卓也の高校はスポーツが盛んな杜若高等学校。
プロ野球選手を何人も排出しています。

そして羽根田卓也は高校を卒業するとすぐに
カヌーの強豪国であるスロバキアへ単身渡ります。
そこでスロバキアの首都のブラチスラバのコメニウス大学に入学し
そのままコメニウス大学大学院へ入学。

羽根田卓也はカヌーに全てを捧げた
ストイックな経歴となっています。

カヌーに本気になった羽根田卓也がスロバキアに渡った理由は
日本には人工コースが一つもないということ。

意図的に複雑な流れが作られた人工コースで練習しないと
世界には追いつけないと痛感し
同じ思いだった父の勧めと資金援助でスロバキアに渡ったのです。
 

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■羽根田卓也のコーチ

そう、羽根田卓也のコーチはスロバキア人。
スロバキアに渡った直後は
羽根田卓也は英語を片言しか話せなかったのですが

そもそもコーチに英語が通じず
スロバキア語をまず勉強してようやくコーチに
基礎から鍛え直してもらうこといができました。

羽根田卓也はしかしスロバキア語を
なんと一年足らずで覚えてしまいます。
その秘訣はシモネタ。

ふざけて覚えたスロバキア語のシモネタを仲間にぶつけたら
面白がって教えられる単語を覚え、瞬く間にスロバキア語を覚え
コーチとの意思の疎通も出来るほど習熟したという。

男性同士が手っ取り早く仲良くなる方法として
そういうのは確かにかなり有効。

■おわりに

羽根田卓也はスロバキアを拠点に今後も練習をつづけ
2020年の東京オリンピックを目指すとのこと。

羽根田卓也がメダルを取ったことにより
スポンサーがカヌーにもついたりはする可能性は大いにありますね
そうしたら羽根田卓也はコーチがいるスロバキアから
拠点を移すのはめったにないでしょうけど

日本のカヌーのこれからの後進たちは
スポンサーがつけば日本に人工コースの導入など
競技環境が改善されカヌー人口が増えるかもしれません。

 

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