馳浩前文部科学大臣がプロレスに復帰!嫁の高見恭子へは元国語の先生ならでは

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プロレスラーであり元国語の先生として
教職についた時期もある馳浩前文部科学大臣。
11年ぶりにプロレスに復帰することが発表されて何かと話題に。

そんな馳浩ですが嫁はタレントの高見恭子。
交際の経緯が国語の先生ならでは。
今回はそんな馳浩前文部科学大臣についてと
嫁の高見恭子との関係について見てみましょう。


 

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■馳浩について

名前:馳浩(はせ ひろし)
生年月日:1961年5月5日
出身:石川県金沢市

馳浩は1980年に星稜高等学校で
アマチュアレスリングを始めて
高校3年生のときに国体優勝。

卒業した後は専修大学文学部国文学科に進み、1984年に卒業。
そして母校の星稜高等学校で国語科(古典)教諭に就任。

1984年7月にはロサンゼルスオリンピックに
レスリングで出場をし、惜しくも予選敗退。
その時の経験から人に感動を与えるために

スポーツをしたいとし、
1985年には星稜高等学校を退職。
ジャパンプロレスに入団し
1987年には新日本プロレスに移籍。

1995年には自民党の推薦を受けて出馬し初当選。
2015年10月から2016年8月には文部科学大臣、
教育再生担当大臣となっています。

 

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■馳浩と嫁、高見恭子との関係

馳浩と嫁の高見恭子は1995年に結婚。
馴れ初めは和歌を書いたラブレター。
国語の教師であったために
百人一首から取ったフレーズを歌って送ったとのこと。

嫁の高見恭子もそれに対して和歌を返しており
交際して1週間で結婚しようと決意。
結局3ヶ月で結婚となりましたが。

また、馳浩と嫁の高見恭子は2015年11月に
理想の有名人夫婦に贈られる
「いい夫婦 パートナー・オブ・ザ・イヤー2015」を受賞。

上記動画では馳浩は夫婦円満であり
その秘訣は結婚してからずっと同じ布団で寝ていると告白。
嫁の高見恭子は家で安心出来るような
空気を作ることが大事と語っています。

■おわりに

そうしたプロレスラーであり前文部科学大臣の馳浩が
なんと2006年8月に引退をしたものの
2017年7月26日の「プロレスリング・マスターズ」で

馳浩&長州力&藤波辰爾 VS
グレート・ムタ&ザ・グレート・カブキ&TNTという
スペシャル6人タッグマッチを行うことが明らかに。

馳浩はプロレスに復帰をしますが
ものすごい注目度が高そうではあります。

ちなみに馳浩は前文部科学大臣ですが
文部科学大臣を退任する際に
別れの一句として「八日目のセミとなるとも文科省」と詠んでいます。

まれに生き残る8日目のセミのように
馳浩も大臣ではなくなっても
文部科学行政に携わりたいという決意のよう。

嫁の高見恭子との馴れ初めにも
元国語の先生であったとため
和歌が登場していますし
まさに文武両道を地で行っています。
 

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