宮部行範は引退後の現在はNPO法人を主催後にJOCに勤務し闘病生活だった

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元スピードスケートのメダリストで現在は
日本オリンピック委員会(JOC)職員であった宮部行範

現在は2017年3月7日に
なくなっていたことが判明しました。
今回はそんな宮部行範の引退後について見てみましょう。


 

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■宮部行範について

名前:宮部行範(みやべ ゆきのり)
生年月日:1968年7月18日
出身:東京都葛飾区

宮部行範は兄の宮部保範も
元スピードスケート選手で、
短距離のエースとされていました。

埼玉の春日部高校から青山学院大に進学。
その後は三協精機(現日本電産サンキョー)の
スケート部に所属。

1992年のアルベールビルオリンピック、
1994年のリレハンメルオリンピックにも出場をし、

特にアルベールビルオリンピックでは
宮部行範は兄の宮部保範と共に出場をし
日本初の兄弟同時出場となり、その上
日本初となる、悲願の銅メダルを獲得しています。

そして1994/1995年シーズンのISUワールドカップでは
1000mで種目別総合優勝を果たしています。
 

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■宮部行範の引退から現在まで

宮部行範は1998年の長野オリンピックでは
代表から落選してしまい

1999/2000年シーズンに
スピードスケートの現役を引退。

2000年3月にはエムウェーブが主催の
スピードスケートの振興を目的としたNPO法人を設立し
スケート教室などを開いています。

そしてその後にはJOCの海外派遣事業で
オハイオ州立大学大学院に留学して

スポーツマネジメントを専攻し、
帰国後の2005年にJOC職員となり、
宮部行範は選手を支える側にまわります。

2014年に行われたソチオリンピックでも
宮部行範は選手団の
本部スタッフとして参加をしています。

しかしJOCによると最近は闘病生活を送っており
2017年3月7日に都内の病院で
病気のためなくなったとのことです。

■おわりに

宮部行範はまだ48歳の若さ。
あまりに突然の知らせですね…。
 

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