柴田勝頼が硬膜下血腫で緊急手術。過去には対戦相手の福田雅一も…

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柴田勝頼が王者オカダ・カズチカと激闘の末破れ
試合後に硬膜下血腫が見つかって
都内の病院で緊急手術を受けていたことが発覚しました。

実は過去には柴田勝頼と対戦した
福田雅一も急性硬膜下血腫でなくなっています。

今回は柴田勝頼の硬膜下血腫の経緯と
福田雅一の急性硬膜下血腫についてみてみましょう。


 

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■柴田勝頼について

名前:柴田勝頼(しばた かつより)
生年月日:1979年11月17日
出身:三重県桑名市

柴田勝頼は父親がプロレスラー・レフェリーである
柴田勝久であり、小さい頃から
巡業に来ていたプロレスラー数人に抱っこをされるなど
プロレスに近い環境でした。

そのために小さい頃から
プロレスラーになるものだと思っていたものの

中学時代はプロレスから気持ちが離れており
中学はバスケ部に所属していたものの、高校時代に
プロレスへの思いが再燃。

高校時代の1997年に
全国高校生グレコローマン選手権81kgに出場するなど
実績も積んでいて、レスリングの推薦で

大学への進学も決まっていたものの
大学にいったらプロレスラーになれないため
新日本プロレスの入門テストへをうけ
1998年に新日本プロレスに入門。

2005年1月に新日本プロレスを退団し
ビッグマウスに所属するものの
2006年8月にビッグマウス・ラウドを退団し
フリーランスで活動を開始。

2007年に総合格闘技HERO’Sへ参戦し
2012年には6年ぶりに桜庭和志と共に新日本へ参戦。

2016年1月4日に石井智宏を制して
第10代NEVER無差別級王座になり3度の防衛に成功し
2016年3月に新日本プロレスへ再入団を果たしています。
 

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■柴田勝頼の硬膜下血腫の経緯

柴田勝頼は2017年4月9日に
両国国技館でIWGPヘビー級王者の
オカダ・カズチカに挑戦をしたものの敗退。

柴田勝頼は試合後は歩けたものの
バックステージで具合が悪くなり
緊急搬送されます。

救急隊員の質問にも答えられるぐらい意識はありましたが
都内の病院で検査の結果、硬膜下血腫が発見。
2017年4月10日に血腫を取り除く手術が行われました。

■硬膜下血腫とは

硬膜下血腫は打撲をきっかけに
頭蓋骨と脳の隙間、脳の表面に血液や
脳脊髄液(のうせきずいえき)などがたまってしまい

その反応で作られる膜から
出血が繰り返されて血腫が発生し
大きくなって脳を圧迫し、マヒや頭痛などを伴うものです。
 

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■柴田勝頼の対戦相手、福田雅一も急性硬膜下血腫で…

2000年4月に柴田勝頼は
福田雅一と対戦をしており

柴田勝頼が福田雅一に
ダイビングエルボーをした所、
福田雅一は意識不明の重体となり

そして5日後には福田雅一は
急性硬膜下血腫のためなくなってしまっています。

もともと1999年10月シリーズから
硬膜下血腫のため4ヶ月ほど欠場をしていたので
その後遺症もあったのではないかとされています。

■おわりに

柴田勝頼が今回硬膜下血腫となってしまいましたが
こうなると福田雅一の例もありますし
本人が大丈夫だとしても復帰はかなり厳しい気が。

次期シリーズは全戦欠場とのことですが
後遺症が怖いですよね…。
 

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