高山善廣が頸髄損傷の恐れで試合後に緊急搬送されていた。過去には脳梗塞も

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高山善廣が2017年5月4日の試合後に緊急搬送をされ
頸髄損傷および変形性頚椎症の恐れがあると診断され
5月6日以降の大会を欠場することを発表しました。

病名は現時点で考えられるものであり
今後の検査次第では変わるかもしれないとのことです。

今回は高山善廣の頸髄損傷及び
変形性頚椎症になってしまった経緯と
過去の脳梗塞について見てみましょう。


 

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■高山善廣について

名前:高山善廣(たかやま よしひろ)
生年月日:1966年9月19日
出身:東京都墨田区

高山善廣は実家が錦糸町の駅前で薬局を営んでいて
中学を卒業する時に父方の祖父の土地があった
神奈川県藤沢市鵠沼に引っ越しをします。

そういった2つの文化で育った高山善廣は
中学時代に背が急成長。
高校に入学するときには190mと長身に。

東海大相模高ではラグビー部に所属するものの
練習中に方の脱臼や腰骨の剥離骨折で
2回大きな手術を受けるなど
怪我に悩まされていました。

東海大学文学部ではアメフト部にはいるもののすぐに辞め、
20歳の時に大学に籍を残したままUWFに入門。
しかし一度挫折をし、大学を1年留年して卒業し営業マンへ。

大学時代から続けていたライフガードのアルバイトも
夏の間だけはサラリーマンになってもしており
その時にUWFの宮戸優光と再会。

そうして1991年10月に
高山善廣はUWFインターナショナルの入門テストを受け
1992年6月にデビューをし

現在はプロレスラー、総合格闘家だけではなく
俳優やプロレス中継の解説者など
多岐にわたって活動をしています。
 

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■高山善廣の頸髄損傷及び変形性頚椎症の経緯

高山善廣が緊急搬送されたのは
2017年5月4日に大阪・豊中市ローズ文化ホールで行われた
豊中大会(豊中ラブストーリー2017)での出来事。

第4試合で行われた
HARASHIMA&高尾蒼馬&ヤス・ウラノvs
高山善廣&樋口和貞&勝俣瞬馬の
6人タッグマッチでアクシデントがおこりました

高山善廣が回転エビ固めを行った際に
頭から落ちてしまい、
レフェリーが試合をドクターストップ。
セコンドに抱えられて緊急搬送されてしまいます。

そうして緊急搬送され
頸髄損傷及び変形性頚椎症と診断されます。
今後の検査によって病名が変わることもあり
復帰時期は未定であるとしています。
 

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■高山善廣は過去に脳梗塞も…

高山善廣は2004年8月8日に
新日本プロレスのG1クライマックス公式戦で

佐々木健介と対戦した後に
ドレッシングルームで
何がなんだかわからなくなって倒れてしまったという。

幸い試合場所が大阪府立体育館であり
すぐ近くの富永病院に搬送され
その日のうちに手術を受けられたために

およそ2年間の休養の後、
2006年7月16日に佐々木健介と
タッグを組んで復帰戦に挑んでいます。

■おわりに

しかし2017年は3月に本間朋晃が救急搬送
4月に柴田勝頼が救急搬送、
5月に高山善廣が救急搬送と
ここまで続くものかというほど重傷者が多い。

脳梗塞から奇蹟の復帰を遂げた高山善廣ですし
今回も無事な姿を見せてくれると良いのですが…。



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