間垣親方(時天空慶晃)は病気・悪性リンパ腫で引退したばかりだった

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元小結、時天空慶晃の間垣親方がなくなられました。
間垣親方は2016年8月に病気により引退をしたばかりでした。

今回は間垣親方と病気について見てみましょう。


 

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■間垣親方について

四股名:時天空慶晃(ときてんくう よしあき)
旧名(モンゴル名):アルタンガダシーン・フチットバータル
出身:トゥブ県アルタンボラグ村

間垣親方は現役時代には
時天空慶晃として活動をしていました。

2000年4月にスポーツ交換留学生として
東京農業大学に転入し、相撲部へ入部。
転入初年度には全国学生相撲
個人体重別選手権大会の100kg未満級で優勝。

一時モンゴルへ帰国したものの
朝青龍らが大相撲で活躍する姿を見て
時津風部屋へ入門。

2002年7月に初土俵を踏み
2007年春名古屋場所で新小結へ。
2014年1月には日本国籍を取得しています。

■時天空慶晃の病気について

時天空慶晃は2015年7月ごろから
右脇腹に痛みを覚え、名古屋場所後には
病院で診察を受けた所「肋骨のヒビ」と診断されました。

しかし秋場所を終えてからも
激痛が続いたため都内の病院で再検査。

すると幹部に腫瘍が見つかり
更に検査をした所「悪性リンパ腫」であることが発覚。
2015年10月ごろから抗がん剤治療を開始。

2015年11月の九州場所前には
抗がん剤の副作用で髪が抜けることを覚悟し
断髪式を行い、5場所続いて全休しています。

2016年1月に時天空慶晃は時津風親方に事情を説明し、
病気を治して土俵に上がりたいとして
様々な抗がん剤を試しながらもジムで体を動かし
復帰に向けて力を入れていました。
 

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■時天空慶晃は引退して間もなく…

しかし時天空慶晃は病気の完治は叶わず
2016年8月に引退をし、
年寄「間垣」を襲名して間垣親方となります。

9月には治療が一段落し、秋場所で
花道の警備などを務めたものの

2016年11月には悪性リンパ腫に対する
放射線治療のため最低2ヶ月の通院治療と
自宅療養のために休場をしていました。

しかし病気は完治せず、
2017年10月半ばには体調が悪化。

そして2017年1月30日の午前中に自宅で療養中に容態が急変。
慶応病院に搬送され、2017年1月31日になくなられました。

■おわりに

間垣親方は最初は病気に抗がん剤があわなかったものの
種類を変え、効果が現れて腫瘍が小さくなったため
復帰しようとジムに通ってはいましたが
復帰を断念して引退をしていました。

引退して年寄・間垣親方として
業務にあたっていたものの
療養すると発表をしてすぐになくなられたことになります。

一時は快方に向かっていたものの
本当に急な知らせでした。

 

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