山本功児の息子、山本武白志のエピソードが泣ける

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巨人、ロッテで活躍し引退後も監督やヘッドコーチとして
活躍していた山本功児が23日にお亡くなりになりました。

今回はそんな山本功児が期待を寄せていた
息子の山本武白志のプロフイールと
父・山本功児とのエピソードについて見てみましょう。

■山本武白志のプロフィール

生年月日:1998年2月17日(18歳)
身長:187cm
体重:85kg
投球・打席:右投右打
ポジション:内野手

出身地は神奈川県横浜市。
中学までは横浜でしたが
出身は九州国際大学付属高等学校。

■山本武白志の経歴

父・山本功児の大学時代の先輩である楠城徹が
九州国際大学の監督を務めていたため
単身で福岡の高校に。

しかしその後家族も福岡の北九州に転居。
山本功児の息子である山本武白志についての
愛情
が感じられますね。

そして九州国際大学付属で一年からレギュラー。
しかし支配下ではなく育成指名になってしまいます。

しかし悩んだ末に育成でもプロはプロ
上に上がれば関係ないとのことを周囲から伝えられ
入団を決意したようです。

■山本功児と山本武白志のエピソード

山本功児は息子である
山本武白志に大きな期待を寄せていました。

山本武白志が小学4年のころに
山本功児は慢性心不全を発症。

ペースメーカーの装着を勧められましたが
息子の山本武白志にボールを投げてやりたい
という理由で装着をしませんでした。

ペースメーカーをつければ体への
負担は減りますが利き腕である
左腕を使かった運動がしづらくなるためです。

その後も心不全と闘いながら
息子の練習相手になっていました。

ペースメ-カーを息子のために装着せず
息子が九州国際大学付属での寮生活に馴染めず
体重が15キロも減ってしまったため転居先に妻と二人で移住。

息子が困っているんだったら
近くに住もうと思っただけ
とすぐさま移住するあたり
本当に息子のことを大事に想っているのが伝わります。

北九州で療養しながら山本武白志の試合を観戦、
そして練習相手にもなったりと
山本功児は息子の山本武白志を全力でサポートしています。
だからこそ息子のこれからが気になっただろうになぁ。

■おわりに

息子の山本武白志のこれからを見届けずに
山本功児は亡くなってしまいました。

逆にもうやり遂げた、
あとは息子の山本武白志次第だ、と思い
安心して逝かれたのでしょうか。
個人的にはそうであって欲しい…。

山本武白志の活躍への期待と
山本功児のご冥福をお祈りします。

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