橋幸夫が離婚を2017年暮れにしていた。嫁の橋凡子はエッセイストに

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御三家の一人である橋幸夫
嫁の橋凡子(みなこ)さんは
当時は客室乗務員であり
現在はエッセイストとして
講演活動などもしていました。

しかしそんな橋幸夫と嫁の
橋凡子さんが2017年暮れに
離婚をしていたことが明らかに。

今回は橋幸夫と嫁の
橋凡子さんの離婚について
みてみましょう。

2018年3月7日追記

橋幸夫は既に再婚を
していることが明らかに。
事務所も橋幸夫の再婚は
事実だと認めているとのこと。

出会いは橋幸夫が
介護について講演会をしている時に
出会った50代後半の女性。

追記おわり


 

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■橋幸夫と嫁、橋凡子さんの結婚

橋幸夫の嫁の橋凡子さんは
元々日本航空の客室乗務員として
勤務をしていました。

そしてその時に橋幸夫が
ハワイに行く際に仕事として担当。
帰国の際も再び
担当をした縁で意気投合。

橋幸夫は運命を感じ、
橋凡子さんもファンだった
ことから交際開始。

橋凡子さんは
1970年6月に日本航空を退社し
1971年1月26日に橋幸夫と結婚。
結婚式は帝国ホテルで、

橋幸夫の先輩歌手であり
尊敬をしていた美空ひばりを
結婚式に招待をしたものの

来てくれず、後日お詫びに
ペアウォッチを
くれたというエピソードも。

そうして橋幸夫と橋凡子夫妻は
1973年に長女、
1977年に長男と
2人の子供に恵まれました。

■橋凡子さんはエッセイストとしても活動

橋幸夫と出会った当時は
客室乗務員であった橋凡子さん。

1970年に日本航空を
退社していますが
実は1982年から1985年には

フジテレビの平日昼前の
ワイドショー
「ワイドワイドフジ」にて
司会を担当していました。

そして橋凡子さんは
エッセイストとしても活躍をし
「ドアを閉めた後で」等を発売。

また、2001年には
橋凡子さんは橋幸夫と共著で
「別れなかった理由」を
出版しています。

結婚28年目に起きた、
橋凡子さんから橋幸夫への
「宣戦布告」とのことで

第二章のタイトルが
「夫の浮気。そして妻は心を閉ざして…」
第四章のタイトルが
「別れなかった理由」
などと夫婦関係について
書いている本ということに。
 

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■講演活動も…

また、橋幸夫と橋凡子さん夫婦は
1980年代に認知症になった、
橋幸夫の母親、橋サクさんと
1984年に同居をしており
橋サクさんは1988年には徘徊を開始。

そして1989年には介護体験記
「お母さんは宇宙人」を
橋幸夫が出版したこともあり

橋凡子さんもその介護経験から
介護・高齢化問題について
講演活動なども行っています。

■別居、そして離婚

そんな橋幸夫と橋凡子さんが
別居を開始したのは2016年11月から。

離婚に向けた話し合いを重ね、
最終的には2017年暮れに
離婚が成立をし、
橋幸夫の所有していたビルなどは
橋凡子さんの所有となっているとのこと。
 

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■おわりに

橋幸夫がまさか結婚47年目で
離婚をするとは少々意外。

橋凡子さんと共著で
離婚危機とそれを乗り越えた本を
出版しているぐらいなので
夫婦の絆は揺るぎないものかと
思っていたのですけれど。

また、橋幸夫は2017年10月に
清水アキラの三男、
清水良太郎が逮捕された件について

清水アキラの会見を
「『家族だから』って
みんなに響く言葉だった」

と振り返った後で
清水アキラの対応に
以下のように語っています。

「独立している人間に対して
いつまでも家族っていう
必要はないと僕は思う」

「そういうけじめは
きちっとするべき」

橋幸夫もこの時点ですでに
別居をしていたとのことなので
自分とも少し重ねて
しまったのでしょうか。



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