ホキ徳田とヘンリーミラー結婚生活は短く…。現在は六本木でバー経営

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket
  • LINEで送る

ジャズ歌手であり、アメリカの文豪の
ヘンリーミラーの8人目の嫁としても
知られているホキ徳田

ホキ徳田とヘンリーミラーとの結婚は
当時年齢差が大きいこと、
ヘンリーミラーが高齢であったために
日米で大きく話題に。

そんなホキ徳田は現在は
六本木でバーを経営していますが
そのバーはヘンリーミラーの
30回忌でオープンしたバーという。

今回はそんなホキ徳田と
ヘンリーミラーの結婚と
ホキ徳田が現在経営している
六本木のバーについてみてみましょう。


 

【スポンサーリンク】

 

■ホキ徳田について

名前:ホキ徳田(ほき とくだ)
生年月日:1937年11月14日
出身:東京

ホキ徳田はNHK解説委員の長女で
母親は那須与一の子孫。
3歳の頃からピアノを始め、
カナダの芸術家へ留学し、
帰国後にはタレントとして活動。

ホキ徳田自身は1958年に
コーラスグループの
「スリーバブルス」で
デビューをしています。

ホキ徳田は黒柳徹子が
司会を努めていたこともある
バラエティ番組の
「夢で会いましょう」にも
出演経験があり、テレビ創成期に
活躍をした人物。

ホキ徳田は当時永六輔の事務所に
所属をしていたために
NHKで活動していた黒柳徹子と
知り合って親交があり

ホキ徳田が1965年に
ハリウッドのエージェンシーと契約をし
ロサンゼルスへ渡って
暫く日本ホテルでピアノを演奏したり
店を経営していたときには
黒柳徹子も訪れたことがあるとのこと。

ちなみにホキ徳田は個性的な
ヘアスタイルですが
担当したヘアスタイリストは須賀勇介。

黒柳徹子のたまねぎヘアーを
考案した人物でもあります。
 

【スポンサーリンク】

 

■ホキ徳田とヘンリーミラー

ホキ徳田とヘンリーミラーの
出会いは卓球の相手。

ハリウッドのプロデューサーが
負かして欲しい爺さんがいるとして
引き受けると相手が
ヘンリーミラーだったという。

ホキ徳田に一目惚れした
試合後にヘンリーミラーから誘われ
会った当日には
「僕の結婚相手が日本から来た」と
していたという。

当時ホキ徳田は渡米して2年目。
就労ビザを更新する年であり、
結婚すればヘンリーミラーが
引受人になるので結婚しても
良いかなと思い1967年に結婚。

ちなみにホキ徳田は
ヘンリーミラにとって8人目の妻。
しかし結婚しようとしたら
以前の妻と離婚が成立して
いなかったこともあったという。
 

【スポンサーリンク】

 

■ホキ徳田の現在は六本木でバー経営

そんなホキ徳田と
ヘンリーミラーは
結婚してから3年で別居をし
1978年に離婚。

ヘンリーミラーは1980年になくなり
ホキ徳田は2000年に帰国。
ヘンリーミラーの没後30周年の
2010年には六本木に

ヘンリーミラーメモリアルバー
「北回帰線」をオープンしています。
ちなみに北回帰線も
1934年に発表された
ヘンリーミラーの自伝的小説の名前。

そして現在も六本木のバーで
ピアノ弾き語りプレーヤーとして
日本最高齢ながらも
活動をしているとのこと。

■おわりに

ホキ徳田はヘンリーミラーと
離婚をした後も
お店の名前にヘンリーミラーの
メモリアルバーとして

名前を使っていますし
離婚後も決して険悪な関係では
なかったよう。

ヘンリーミラーとの結婚は
契約のようなもので
ホキ徳田自身は一度も体を
触らせなかったとの
話もありますけれど。



  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket
  • LINEで送る

SNSでもご購読できます。

コメントを残す

*

CAPTCHA