生稲晃子が乳がん闘病告白。子供には伝えたが周囲にはほぼ伝えず

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生稲晃子が乳がん闘病告白をしました。
2003年に結婚した夫との
間に生まれた子供にも

病気であることは伝え、
事務所の社長など
ごく一部を除いては長い間
生稲晃子が乳がんであることは
伝えていませんでした。

今回は生稲晃子が
乳がん闘病告白を
したことについて
みてみましょう。


 

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■生稲晃子の乳がん

生稲晃子の乳がんが発覚したのは2011年。
もともと2010年に生稲晃子は
自治体の無料検診を受けそびれ、
「いい機会だから」と医師の友人から
勧められて年明けに人間ドックへ。

そして生稲晃子は2011年3月に
乳がんであることが発覚。
極々初期の乳がんでありステージはI。

生稲晃子が乳がんであることを
当時知っていたのは
夫と子供の家族。
そして事務所の社長と
現場のマネージャー。

レギュラー番組であった「ちい散歩」の
プロデューサーだけと限られた人数。

なぜ「ちい散歩」のプロデューサーに
伝えたかと言うと
健康番組であるため、
乳がんを公表すると
内容にそぐわないと思ったため。

乳がんの病状が進んで
明かさなければいけない日が
来るかもしれないものの、
頑張れるうちは頑張ろうと公表せず。

生稲晃子と夫の子供は
当時5歳であり生稲晃子が
乳がんであることを
伝えるのは悩んだものの
母親の状況を知って欲しいと思い
伝えたとのこと。

■生稲晃子の乳がん闘病

生稲晃子はごく限られた人以外には
乳がんであることを公表せず。
2011年5月に温存手術をして
2日後には退院しTV番組の収録へ。

2012年には乳がんの再発が
発覚し2度目の手術へ。
2013年秋には再再発。
三度目の部分切除をしました。

全摘手術が必要とのことで
2013年末から2014年始にかけて入院。
全摘手術、及び再建手術をすることに。
そして2015年10月には5度目の手術。

この手術で一つの区切りができたために
生稲晃子は乳がん闘病告白をします。
 

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■乳がん闘病告白

生稲晃子は前述のように
早い段階で乳がん闘病告白を
しなかったのは
「ちい散歩」が健康番組であり
番組に迷惑をかけるのでは
という思いが強かったため。

そして生稲晃子が
乳がん闘病告白をした理由は
全摘手術をして再建手術をしたことで
以下のように心境が変わったため。

「この事を伝えたら
誰かの気持ちを楽にしたり
勇気づけられるかもしれない」

「がんになったことが
私にとっても無駄なことでは
なかったと考えられる」

生稲晃子はそのような思いから
2015年11月に乳がん闘病告白をします。
この生稲晃子の乳がん闘病告白は
2016年4月27日に出版した
「右胸にありがとう そして さようなら」
という闘病記にて詳細が記されています。

■おわりに

生稲晃子の乳がんを
支えてくれたのは夫の接し方。
実は生稲晃子が乳がんだと発覚した時に
夫の父親もがんで入院をしていました。

そしてがんが原因であるとは
明言していませんが、
生稲晃子ががんになった年(2011年)に
夫の父親がなくなっています。

それでも生稲晃子の夫は
つらそうな様子を見せず、
普段どおりに接してくれていたとの事。



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