加藤登紀子が乳がんだったと告白も現在は完治。夫の恋人は大物文化人

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket
  • LINEで送る

シンガーソングライターの加藤登紀子
夫とは獄中結婚をしたという
エピソードが有名ですが
そんな夫は2002年に肺がんで
なくなっています。

また、そんな加藤登紀子は
ある理由から闘病中に夫の恋人を
探したものの、すでに
大物文化人の恋人がいたことを
つい最近明かしたばかり。

更に実は加藤登紀子も1990年に
乳がんを患っていたことを告白。

今回は加藤登紀子が
乳がんであったことについてと
夫の恋人が大物文化人であると
発覚した経緯について
みてみましょう。


 

【スポンサーリンク】

 

■加藤登紀子は実は乳がんだった

加藤登紀子が乳がんであると
発覚したのは1990年11月。
左胸にしこりがあるのに気づき、
病院に直行をすると
乳がんであることが発覚。

乳がんであることは
夫など身内と事務所の関係者にしか
知らせず、1991年1月9日に
乳がんの手術をし、
左胸の一部を摘出。

1991年1月16日に退院をし
1991年1月17日にはステージへ復帰。

加藤登紀子が乳がんであることは
2018年9月24日放送のラジオ関西
「加藤登紀子の地球に乾杯!」
にて詳しく明かされるとのこと。

また、加藤登紀子は
現在は乳がんは完治。

乳がんであることを明かしたのは
病気を話し出せる
雰囲気を作りたいため。

また、10月1日は乳がんの
啓蒙キャンペーんである
ピンクリボンデー。
そのおよそ一週間前であるため
乳がんの定期的な検診を
して欲しいという思いがあるようです。
 

【スポンサーリンク】

 

■加藤登紀子は夫・藤本敏夫と獄中結婚

加藤登紀子は全国各地で
大学紛争が激しかった時期に
現役東大生として歌手デビュー。

時を同じくして、後に夫となる
藤本敏夫と交際を開始。
藤本敏夫は1968年から
反帝全学連の委員長。

藤本敏夫は1968年に
その時の責任を問われて
逮捕され1969年6月まで勾留。

1972年には学生運動関連で
再び逮捕をされ、1972年5月には
加藤登紀子と獄中結婚。
1972年12月には長女が生まれています。

■加藤登紀子の夫はがんでなくなっていた

加藤登紀子の夫、藤本敏夫は
1998年頃に結腸がんに。
結腸がんは手術をして
治ったもののその後大腸がんに。

大腸がんを手術して定期的に
検診を受けていたものの、
その定期検診の少し前、
2001年5月に藤本敏夫は
激痛に襲われて肝臓がんが発覚。

肝臓がんは2001年夏に
肝臓を半分切除したものの
リンパ節にも転移をし、
そこを放射線治療で直したものの
肺に転移をし、肺炎も併発。

肺炎が併発してから僅か17時間後、
2002年7月31日に加藤登紀子の夫、
藤本敏夫は肺がんでなくなります。
 

【スポンサーリンク】

 

■加藤登紀子の夫の恋人は大物文化人

そんな加藤登紀子の夫には
実は恋人がいたことが
加藤登紀子が明かしています。

加藤登紀子の夫の恋人が
大物文化人であることを
加藤登紀子が明かしたのは
2018年9月5日。
「梅沢富美男のズバッと聞きます!」にて。

加藤登紀子の夫の主治医は
闘病に一番良いのは
恋をすることだという話をしたため
加藤登紀子は夫のために
恋人を探すことに。

しかしその時すでに
加藤登紀子の夫には恋人が存在。
しかも大物文化人であったという。

■おわりに

加藤登紀子の夫は結腸がん、
大腸がん、肝臓がん、肺がんと
様々な種類のがんを経験。

そのため加藤登紀子は
夫のがんについて
語る機会はかなり多め。

しかしそんな加藤登紀子自身が
乳がんを経験していたとは…。



  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket
  • LINEで送る

SNSでもご購読できます。

コメントを残す

*

CAPTCHA


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください