マサ斎藤の病気はパーキンソン病。2014年頃から明かしていた

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日本プロレス界の伝説、
マサ斎藤がなくなったことが明らかに。

マサ斎藤は2000年に
パーキンソン病という病気にかかり
それ以降リハビリをしていることを
2014年頃に明かしています。

今回はマサ斎藤と病気、
パーキンソン病について
見てみましょう。


 

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■マサ斎藤の病気はパーキンソン病

マサ斎藤が2000年頃から
パーキンソン病という病気に
かかっていることが
公になったのは2014年9月頃。

インタビューに応じたマサ斎藤は
2014年夏にパーキンソン病の
進行を止めるために40日ほど
集中リハビリをしたことを明らかに。

また、その際にマサ斎藤は
駅で転倒をして肘から出血。
ヒジを4針ほど縫ったことを
明かしています。

■後に別のインタビューでも病気に言及

そしてマサ斎藤は2015年2月に
読売新聞にて引退直後の
2000年にパーキンソン病に
なったことを明かしています。

マサ斎藤がパーキンソン病になったのは
いわゆるパンチドランカーという
脳へのダメージが原因だと認識。

顎から震えが来てしまい、
パーキンソン病でよくある症状の
2013年11月には転倒をするように。
そして障害者手帳も交付。

2014年秋には相次ぐ転倒により
膝に水がたまり化膿。
感染症で病院へ運ばれ
1ヶ月半ほど入院をしたとのこと。

そしてマサ斎藤は2020年の
東京オリンピックに関わるために
必ず体を戻し、次は選手ではなく
ゲストとして参加するとしていました。

そして2015年11月には
東スポの記事で東京五輪の
聖火ランナーを務めたいと
意欲を見せていました。
 

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■マサ斎藤がなくなっていた

パーキンソン病という病気と
2000年から闘っていたマサ斎藤。
しかし2018年7月に
マサ斎藤の要塞が急変。

2018年7月14日午前1:05に
なくなったことが
2018年7月16日に明らかになりました。

マサ斎藤はパーキンソン病であると
告白をしてからも
2016年12月にはリングに復帰。

2017年4月7日には
大阪市立城東区民センターで
行われた「STRONGSTYLEHISTORY」の
vol.2にて第六試合で

マサ斎藤の指名試合として
マサ北宮とブラックタイガーⅤの
試合がありました。

ちなみにマサ斎藤は2017年1月半ばまで
自分の試合を組んで欲しいと
語っていたとの事。

それはさすがに無理だったので
マサ斎藤が指定した選手、
NOAHのマサ北宮との試合を
プロデュースという形に。

そしてその際にマサ斎藤は
マサ北宮をリングに
上って激励したという。
 

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■おわりに

マサ斎藤の病気、パーキンソン病は
2017年3月時点で既に末期に入っており、
体重は120キロから70キロへ。

1回1時間のリハビリを
1日3回こなしていることを
明かしています。

また、2017年3月にはAbemaTVにて
「カウント2.9のレスラーたち」
という番組にて

パーキンソン病におかされた
マサ斎藤に独占密着をした様子が
放送もされていました。

マサ斎藤が2020年の
東京五輪の聖火ランナーというのを
口に出していたのは

同じくパーキンソン病であった
モハメドアリが1996年、
アトランタオリンピックの開会式で
聖火を聖火台に点火下のも
影響はあったのかもしれません。



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