三原じゅん子は子宮頸がんで子供無し。2度流産も経験し旦那は24歳下

三原じゅん子は3度めの結婚。
旦那が24歳年下で秘書であるとして
話題にもなりました。

そんな三原じゅん子は子宮頸がんで
治療により子宮を敵sy痛したため
子供を生むことができないことを
明かしています。

今回はそんな三原じゅん子が
子宮頸がんで子供を生むことが
できなくなったことを明かしたこと、
二度の流産を経験したことや
現在の旦那が24歳年下の
男性であることについてみてみましょう。


 

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■三原じゅん子と子宮頸がん

三原じゅん子は2008年3月に
初めて検診に行った際に
子宮頸がんであることが発覚。

正確に言うと三原じゅん子は
子宮頸がんの一歩手前の
高度異形成であったとのこと。
最終的には腺がんであると診断。

そして子宮を摘出しなければ
命に関わるとのことで
三原じゅん子は子宮摘出を決意。

また、三原じゅん子は1995年ごろに
卵管嚢腫と診断されて
手術を受けていましたが
その部分が象徴に癒着していたため
手術は少し時間がかかったとのこと。
 

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■子宮頸がんが政治家への転身理由

三原じゅん子は
子宮頸がんを患い子宮を摘出。
がんでの闘病中に患者仲間が
励ましてくれたこと、

そして三原じゅん子よりも
大変な人がいるものの
国は何をしているのかという思いがあり
政治家を目指すように。

■三原じゅん子は過去に子供を流産も

三原じゅん子は過去に
子供を2回ほど流産をしています。

そのため三原じゅん子は
いつか母親になりたいという夢が強く
子宮摘出をしたものの
再発のリスクを承知しつつも
卵巣は残す決断をしています。

三原じゅん子が最初に
流産したのは1990年に結婚をした
一人目の旦那である
先輩カーレーサーの松永雅博との子供。

三原じゅん子は子供を妊娠して
4ヶ月で流産をしてしまい
自罰的な行動のためか10日後に
カーレースに出場。

精神状態が不安定であったため
全治一ヶ月の重症を負い、
子供を流産した寂しさから
1999年に離婚。

1999年にはお笑い芸人のコアラと
交際6ヶ月で結婚をし
2000年には子供を妊娠するも
必要以上に気を使いすぎて二回目の流産。

不妊治療に励むも夫との
心の距離が次第に離れてしまい
2007年に再び離婚をしてしまいます。
 

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■現在の旦那は24歳年下

そして三原じゅん子は
前述のように子宮頸がんからの
闘病生活の歳の出来事から
政界進出を決意。
2010年7月には自民党から比例区で
参議院選挙に出馬をして当選。

そうして政治活動を続けていくうちに
2016年10月に議員秘書を努めていた
24歳年下の旦那、中根雄也と結婚。

ちなみに三原じゅん子の現在の旦那、
中根雄也はもともとは
時宗総本山遊行寺の僧侶養成機関であった
藤嶺学園藤沢高等学校出身。

■おわりに

三原じゅん子は2010年に
子宮頸がんを患ったことについて
「女性にとって最も大切な
子供を生むという機能を失ってしまった」
と発言をして不適切だとして炎上。

この事に対して三原じゅん子は
「自分の体験に基づき
自分のことを述べただけ」
であるとして女性全般に
言ったわけではないとしています。

この場合「女性にとって」ではなく
「私にとって」と言っておけば
大丈夫であったのかもしれませんが、
政治家は言葉一つでも
気を使わなくてはいけなくて大変。



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