及川眠子はトルコ人の元夫に印税で稼いだお金を桁違いに投資していた

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あのエヴァンゲリオンの「残酷な天使のテーゼ」や
「魂のルフラン」などの作曲家として知られる及川眠子(ねこ)。

印税だけで多い時は年収一億と破格でしたが
年下のトルコ人の元夫に3億円も
投資をしていたことを自ら告白しています。

今回はそんな及川眠子が
トルコ人の元夫になぜそんなに
印税で稼いだお金を投資したかについて見てみましょう。


 

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■及川眠子について

名前:及川眠子(おいかわ ねこ)
生年月日:1960年2月10日
出身:和歌山家和歌山市

及川眠子はシンガーソングライターを目指すものの
ギターのFコードでつまずき断念。
ついでに音痴なのも発覚し歌も断念。

そのため残った作詞家に進路を変更し、
1985年に車のPRソングの歌詞を応募していた
「三菱ミニカ・マスコットコンテスト」で
最優秀賞を受賞し「パッシング・スルー」でデビュー。

代表曲は「残酷な天使のテーゼ」
Wink「愛が止まらない」
やしきたかじん「東京」などなど。

特に「残酷な天使のテーゼ」は凄く、
年収は億を越えたこともあり、
四半世紀は年収3000万円を下ったことはないとの事です。

ちなみに作詞をした時はアニメが出ていなかったため
二時間ぐらいで書き上げたとの事。
 

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■及川眠子のトルコ人の元夫が凄い。

及川眠子が初めて結婚をしたのは
37歳の時ですがすぐに離婚をしています。

そうして及川眠子とトルコ人の18歳年下の元夫は
2000年、40歳の時に旅行先の
イスタンブールで出会います。

及川眠子と出会う前、16歳の時に
東トルコで会社を複数経営して
成功させていたものの、
身内に騙されてすべてを無くしていた頃。

そうして兄が経営している店で手伝っており
及川眠子はその店の隣に宿泊。
顔を合わせて話をするようになり交際へ。

そうして及川眠子はトルコ人の元夫が
仕事をしたいという欲求に答えるために
投資をしようとしてしまいます。

しかし様々なことに手を出すものの失敗。
更には兄の裁判費、親族の学費や治療費を出させられたり、

経営するホテルの工事費を無心されたり、
光熱費が払えないからと100万円を無心されたり
イスタンブールに家も買ったり、

最終的には共同経営で旅行会社を設立させられたり。
13年の結婚生活で総額3億円投資したことになるようです。
 

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■及川眠子とトルコ人の元夫の離婚

及川眠子が日本に帰国した時に
トルコ人の元夫を有能な事業化だと思った若い女性が
元夫と関係を持ち、元夫が離婚をしてほしいと言って離婚。

そしてそれと同時に不渡りが出て
勾留されるかもしれないと話をし
それを回避するために送金し、
及川眠子は7000万円もの借金を背負うことに。

■おわりに

及川眠子の年下のトルコ人の元夫は
離婚しても助けてもらえると信じていたようで

助けてもらえないとわかると
及川眠子やオフィスに電話、メールやFAXをしたりと
なかなか凄いことをしていたようで

それを無視すると及川眠子の携帯番号をばらまいて
連絡をするように言ってくれと言ったりとホント激しい。
 

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