ピューマ渡久地は現在記憶が消える病気に。元嫁と両親が支えていた

平成の三羽烏と呼ばれたピューマ渡久地
現在は何をしているかと言うと
ジムを開設してはいるものの
記憶が消える病気を患っています。
元嫁や両親が支えているという状況。

今回はそんなピューマ渡久地が
記憶の消える病気を患っている
現在についてみてみましょう。


 

【スポンサーリンク】

 

■ピューマ渡久地について

名前:ピューマ渡久地
本名:渡久地隆人(とぐち たかと)
生年月日:1969年11月20日
出身:沖縄県石川市

ピューマ渡久地は鬼塚勝也や
辰吉丈一郎とともに
平成の三羽烏と呼ばれたボクサー。
具志堅用高と同じ興南高校を卒業して
18歳でプロデビュー。
しかし1990年10月には現役を引退。

2001年には港区で
プロボクシング協会加盟ジムの
ピューマ渡久地ジムを開設。

ピューマ渡久地が名誉会長となり
元嫁の渡久地聡美が会長となっています。

■ピューマ渡久地と嫁

ピューマ渡久地の元嫁は
渡久地聡美さんで旧姓は生田。
ピューマ渡久地と元嫁は1993年に結婚をし、
3人の子供が生まれました。

前述のように1999年に
ピューマ渡久地は現役を引退し、
2001年にピューマ渡久地
ボクシングジムを開業。

しかしピューマ渡久地は
経営のストレスからか
酒を飲みすぎるようになり、
そのことが一因で離婚。

しかしピューマ渡久地と離婚をしても
ジムの会長として経営上の
パートナーという関係は継続。
 

【スポンサーリンク】

 

■ピューマ渡久地は現在記憶を失う病気に

そんなピューマ渡久地ですが2008年に
ボクシング協会の理事会に参加をした際に
突如として痙攣をして救急搬送。

脳梗塞で倒れたと最初は説明されたものの
精密検査の結果脳梗塞では
ないことが明らかに。

実はピューマ渡久地の病気は
「重積てんかん」というもの。

一度発作を起こすたびに
脳に酸素が送られず脳細胞が破壊。
ピューマ渡久地は何度も発作を起こし
その結果記憶をどんどん
失ってしまうという。

最初に意識を失ったときから
記憶が止まってしまった状態に。

家族のことも記憶できず、
現在はもう成人を迎えている娘も
ピューマ渡久地にとっては
小学生のままだと
認識をしているとのこと。

そのためピューマ渡久地は
現在は故郷沖縄県の実家で
農作業を手伝っていますが
毎回クワの使い方を教えて
作業をしているということが明らかに。

また、右半身にもまひが
出始めているために
食事の時も難儀をしてしまっています。
 

【スポンサーリンク】

 

■おわりに

ピューマ渡久地は
現在は重積てんかんで
度々大きい発作を起こしてしまい
記憶を失う症状。

現在は生活面は実家の父や母、祖母。
そして仕事…ピューマ渡久地ジムについては
元嫁が支えているということに。

ピューマ渡久地も元嫁のことは覚えており
「ジムを守ってくれてありがとう」
という認識であるとしています。



  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket
  • LINEで送る

コメントを残す

*

CAPTCHA


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください