今村岳司が「元」西宮市長へ…経歴が凄いが物議をかもす発言で引退か

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2018年1月現在兵庫県の
西宮市長である今村岳司
次の市長選に立候補をしない考えで
あることを表明しました。

今村岳司は経歴が異色であり
物議をかもす発言が多く、
2018年1月4日にも記者に対して
なかなか過激な言葉を使っています。

今回はそんな西宮市長の
今村岳司の経歴などについてみてみましょう。


 

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■今村岳司の経歴等について

名前:今村岳司(いまむら たけし)
生年月日:1972年11月28日
出身:兵庫県西宮市

今村岳司は甲陽学院中学校
甲陽学院高等学校、そして
京都大学法学部を卒業。

大学卒業後はリクルートに
入社をし1999年に退社。

元々はミュージシャンを
目指していたものの
震災で家がなくなってしまい
案外平気な自分が居て

ミュージシャンには今村岳司が
いなくてはダメだとはとても思えず

何か残るもの、自分がいなきゃダメだという
何かが欲しくて政治家を目指すことに。

1999年4月25日には
西宮市議会議員選挙に
無所属で出馬をし最年少の26歳で当選。

この時に今村岳司は
選挙時は普通の服装であったものの
金髪とピアスという出で立ちで
西宮市議会に出てきて物議をかもしました。

その金髪ピアスの理由に関しては
今村岳司はインタビューにて
金髪ピアスをすれば目立つからであり、

目立ったからには適当な
仕事は許されないため
緊張感を持つことが出来るため。

そうして今村岳司が取り上げられることで
政治に一人でも興味を
持ってほしいという意図があります。

さすがに2018年現在は金髪ではありませんが
髭を生やしてアーティスト的な印象。

今村 岳司さんの投稿 2017年8月5日(土)

今村岳司は4期連続で当選をし
2013年11月には
西宮市長選挙に出馬を表明。
2014年4月には西宮市長となります。

こう見ると物議をかもす発言とは裏腹に
政治家としてはとても順調な
経歴を持っていることがわかります。
 

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■今村岳司の物議をかもす発言

今村岳司は西宮市長になった前後から
物議をかもす発言などで
たびたび話題になっていました。

そうして2015年1月23日には
定例会見にて西宮市が
偏向報道だと判断した場合
メディア名と抗議文を掲載。

更には改善されない場合は
今後その報道機関の取材には
応じないと発表。

それに至った経緯は西宮市が
都市再生機構(UR)から刈り上げた
復興住宅の返還期限を巡る報道で

西宮市がまるで一方的に
追い出しているような放送がされたため。
この件ではメディア側が
誤解を生じる可能性があったと謝罪。

■復興住宅のその後

ちなみに2016年5月28日には
西宮市は阪神・淡路大震災の
被災者向け復興住宅の
入居者らに対して

明け渡しと損害賠償を求めて
訴訟をしています。

1995年10月から入居が始まり
2015年9月30日に返済期限を
迎えていたため。

損害賠償と言っても
返済期限を過ぎてから
住民が退去するまで
1世帯あたり月額平均約10万円ほどですが。

■「昔はワルだった」発言

また、今村岳司西宮市長は
2016年11月27日の
中高生を対象にしたイベントで

中高生の頃に授業を
抜け出していたこと。
普段使われてない部屋の
合鍵を作ってそこで楽器を弾いていたりと、
「昔はワルだった」という発言をします。

2016年12月8日に
そのことに苦言を呈した女性市議に対し
今村岳司はブログで以下のように発言。

ピンクのダサいスーツに
黒縁眼鏡で「お下品ザマス!」
って言っている女教師みたい

キレイゴトは中高生を
子ども扱いし、敬意を欠いている

今村岳司はその後会見を開き
発言は撤回をしないが
女性市議を揶揄したことについては謝罪をし
内容を修正しています。
 

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■今村岳司が西宮市長退任のときにも…

そうして今村岳司は2018年1月4日、
仕事始め式で2018年4月の
西宮市長選には立候補しないと表明。

その後取材をしに
駆け寄った記者らに対し
以下のように物議を
かもす発言をしています。

「○すぞ」
「あんだけ長く喋ったやろ」
「寄るな」
「喋るな」
「落とし前をつけさせる」

ちなみに今村岳司は西宮市長を辞めた後は
政党や選挙とは一生関わりを
持つつもりはないとしています。

■おわりに

今村岳司の発言はなかなか
物議を醸すものであり
過激な発言が多いのは確か。

とはいえ個人的には今村岳司の
「昔はワルだった」という発言も
全文を読めば中高生の多くにとって
最も大事だといえる居場所を
自ら作ったというだけの話。

その文脈の中で昔はワルだった事が
出てきてしまっただけ。

今村岳司は西宮市長になってから
割とすぐに偏向報道であると
メディアに対して接したために

メディアとの関係を上手く
築けなかったのでは
ないかなぁという印象があります。

いやまぁその時の物議を醸す発言は
まだ文脈を読めば
納得の行くものだとしても

今回の男性記者に対して
取材を拒否して
過激な発言をしたのは
さすがにダメですけど。

取材方法がよっぽど
強引だった可能性はありますが…。



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