高畑勲がなくなっていた。パクさんという愛称の由来は食パン

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宮崎駿からパクさんと呼ばれ
親しまれながらも尊敬されていた
巨匠、高畑勲
なくなったことが明らかに。

また、パクさんという愛称の由来は
食パンをパクパク
食べていたことからついた
ニックネームとのこと。

今回は高畑勲が
なくなったことについてと
パクさんという愛称の
由来についてみてみましょう。


 

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■高畑勲がなくなっていた

アニメ界の巨匠、高畑勲が
なくなったことが
明らかになったのは
2018年4月6日。

2017年夏ごろから体調を崩しており
入退院を繰り返していたようで

2018年4月5日に
都内の病院で82歳で
なくなったとのこと。

高畑勲の2015年3月
時点での画像はこちら。

2018年2月の画像はこちら。

確かにこう見ると少々遠目ですが
痩せたようにも見えます。
ちなみに3年前の動画はこちら。

0:25から高畑勲の
インタビューが始まり、
1:52頃までとなっています。


 

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■パクさんと呼ばれる理由

高畑勲がパクさんと呼ばれる理由は
東映動画時代に遅刻の常習犯であり、
遅刻した際に食パンを
パクパク食べていたため。

朴さんだとかそういう
理由ではないとのこと。

糸井重里が主催のウェブサイト
「ほぼ日刊イトイ新聞」でも
高畑勲は2004年7月に7回ほど
連続で登場していますが

高畑勲本人が遅刻の常習犯で
一ヶ月に七回遅刻をして
課長から忠告されたことを明かしたり

「赤毛のアン」が終わり、
「じゃりン子チエ」以降は
日本物の映画を作ってきたこと、

その理由が「舞台はヨーロッパなのに
日本語を使ってる」のに居心地が悪く
「日本人だから出来ること」
をしたいと語っています。
 

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■おわりに

高畑勲と宮崎駿の出会いは
東映動画時代、
労働組合の事務所で会い
長い間話をしたとのこと。

1974年の「アルプスの少女ハイジ」では
高畑勲が演出(監督)、宮崎駿が
アニメーターという関係。

その後に宮崎駿が1978年
「未来少年コナン」で
初監督をした時に
「パクさんに助けてもらったこともある」

とし、演出面で高畑勲から
影響を受けていることを
宮崎駿は明かしています。

そんな高畑勲がなくなったことで
宮崎駿の心情も察するに余りある。



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