富岡長子の弟富岡茂永は不祥事で逮捕。フライデートラブル以外に…

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富岡八幡宮の正式な女性宮司と
なったばかりの富岡長子がなくなった事件。

弟の富岡茂永は実は過去に
姉の富岡長子に対して
不祥事を起こして逮捕をされていた過去も。

フライデーにも富岡八幡宮の
富岡長子はトラブルがあったと
報じられていますが…。

今回は富岡長子の弟の不祥事について
過去のフライデーの
報道などから見てみましょう。


 

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■富岡長子と弟のトラブルの簡易な流れ

もともと富岡八幡宮は
富岡長子と弟の実の父親である
富岡興永(おきなが)が
宮司を務めていました。

1995年に富岡興永が宮司を引退。
富岡長子の弟、
富岡茂永が宮司になります。

しかし2度に渡る離婚など
富岡長子の弟、富岡茂永の
女性関係に関する不祥事や
浪費癖などの不祥事から

富岡八幡宮の神社の信用を損なったとして
2001年に宮司を解任され、
父親の富岡興永が宮司に再任。

2002年には富岡長子が
弟と宮司の地位を巡って
トラブルになっていると
警視庁に相談。

2006年1月25日には
弟の富岡茂永は
当時禰宜(ねぎ)であった

姉の富岡長子に
「地獄へ送る」「覚悟しておけ」
などと書いたハガキを送ったとして
弟の富岡茂永が逮捕。

2010年には富岡興永が
体調不良で宮司を引退。
富岡長子が宮司代務者となり
事実上の富岡八幡宮のトップへ。

そして2011年には富岡長子が
富岡八幡宮の嘱託職員として
勤務をしていた富岡茂永の息子を懲戒解雇。

地位確認を求めて訴えるも
富岡茂永の息子は敗訴したと
フライデーには記述されています。
 

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■フライデーされたトラブルについて

2010年に宮司代務者となった富岡長子。
2012年には父親である
前宮司がなくなったため

正式に富岡長子が宮司になるために
神社本庁に任命して欲しいと
具申するも神社本庁からは音沙汰なし。

そのため富岡八幡宮は
弁護士を立てて神社本庁に
要望を提出するも
神社本庁は「怪文書がばらまかれている」
として宮司への昇進を認めず。

そのため富岡八幡宮の責任役員会は
2017年9月28日に神社本庁から離脱し、
富岡長子が正式に宮司となっていました。

そしてフライデーによると、
富岡長子がまだ
宮司代務者であった2012年8月に
天皇皇后両陛下が富岡八幡宮に訪問。

その事の記念碑を2014年4月に
富岡八幡宮の慶大に建てますが
そこには「富岡八幡宮宮司富岡長子」
と掘られていました。

現在は「宮司」という文字と
印章は石屋に頼んで塗りつぶして
あるとのことですが。

参考:フライデー

このことに弟である富岡茂永は
宮司代務者であるにも
宮司と書いたことに
クレームを付けたとのことが
2017年12月には明らかになっています。

■富岡長子はブログにて…

富岡長子は2017年8月17日に
「名前のある怪文書」というタイトルで
富岡長子と両親に対する
誹謗中傷を超えた創作妄想物語が
書いてあったと記述。

また、2017年11月28日には
理由は内緒であるとしたものの
深川警察にも行ったことを
明かしています。

実は富岡長子は周囲に
弟からおどしのような
電話がかかってきて
困っていると明かしています。

また、氏子も弟の富岡茂永から
2017年7月頃に電話がかかってきて
富岡長子の悪口を
泣きながら言われた事を明かしています。

富岡長子はそんな弟の富岡茂永に
手を焼きながらも仕送りは
続けていたとのことですが…。

■おわりに

実は富岡長子とはテリー伊藤は
2012年頃から親交があったことを
明かしています。

サンデー・ジャポンにも
出演させようとまでしており、
慶大で行われる節分の豆撒きに
テリー伊藤はゲスト参加するほど。

弟の不祥事から来る
姉弟の確執も知っていたようです。

また、富岡長子は2020年の
東京五輪・パラリンピックに向け
境内にスロープを設置して
バリアフリー化やトイレの改修、

入口にあった灯籠を移動して
ライトで照らしたりと宮司として
周囲の評判も良かったという。

富岡長子の弟、富岡茂永は
2017年6月頃に宮司に戻りたいと
語っていましたが
2017年9月には富岡八幡宮は
正式に神社本庁から離脱。

そして富岡長子が正式に宮司になり
周囲からの評判も良かったために

幾つかの不祥事で
宮司を解任されてしまった自分は
宮司になるのはもう不可能だと
悟ってしまったのでしょうか。

真相は既に藪の中ではありますが
富岡長子が宮司代務者から
宮司になろうとしたときには
怪文書も回っていたようですしね…。

2017年12月9日19:20追記

弟、富岡茂永が事件を起こす前に
書いたと思われる文章が
富岡八幡宮の責任役員や総代の元に
事件後に届いたとの情報が。

週刊文春によると
その内容は富岡茂永の長男が
正当な跡継ぎであるとして
宮司に迎えること等を要求。

もし要求が実行されなかった場合は
異議を唱えた責任役員と
その子孫を永遠に祟り続けるとも
書かれていたとのこと。

参考:週刊文春

追記終わり
 

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