河野和洋は現役引退。黒田博樹と同時期で現在は息子の河野球人がバレエで活躍

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket
  • LINEで送る

1992年の甲子園で松井秀喜を
5連続敬遠をして様々な意味で
名前の知られた河野和洋

勝利を収めたものの大炎上をし
いつか松井秀喜と再戦をするために
専修大学に入学し黒田博樹とチームメイトでした。

そして奇しくも現役引退の時期も
河野和洋と黒田博樹は同じであったりと
不思議な縁を感じます。

現在は既に現役引退をしている河野和洋。
実は息子である河野球人には
バレエの才能があり、
松井秀喜が住んでいるニューヨークで
全米デビューも果たしています。

今回はそんな不思議な縁のある
河野和洋と松井秀喜や
黒田博樹との関係と

河野和洋の息子である
河野球人について見てみましょう。


 

【スポンサーリンク】

 


■河野和洋について

名前:河野和洋(こうの かずひろ)
生年:1974年
出身:高知県

河野和洋が名前を知られるように
なったのは1992年夏の甲子園。

明徳義塾高校は絶対に勝つために
監督が試合の3日前に河野和洋に

対戦相手である星稜の
最強のスラッガー松井秀喜を
敬遠することを告げます。

そして指示通りに敬遠をするも観客は激怒。
河野和洋は「勝負しろ」と催促をされ
「帰れコール」が響いた上に
最終的に様々なものが投げ込まれて

一時試合が中断するほどの
大バッシングされたものの
萎縮せずに5打席連続敬遠をやりとげ勝利。

■河野和洋と松井秀喜、夢の対決

そんな因縁のある河野和洋と松井秀喜。
2013年12月31日には
「年またぎスポーツ祭り!KYOKUGEN」が放送され

その際に河野和洋と松井秀喜の
21年ぶりの「6打席目」の勝負が放送。
結果はフォアボールでしたが
敬遠とは違い真っ向勝負の結果。
 

【スポンサーリンク】

 


■黒田博樹との関係

河野和洋は専修大学時代には
広島の黒田博樹とチームメイト。

大学4年生となる1996年に河野和洋は
黒田博樹とともにドラフト会議を迎えましたが
黒田博樹はドラフト逆指名2位で広島に入団も
河野和洋は名前が呼ばれず。

河野和洋はそれでも野球の道に進み、
社会人チームのヤマハ、
アメリカの独立リーグでも野球をし、

2008年からは千葉熱血MAKINGの
選手と監督として活動をするなどの
野球人生を送っています。

一方の黒田博樹は広島でエース、
メジャーリーグでも活躍をするも
後に巨額のオファーを断り広島に復帰。

そんな河野和洋と黒田博樹ですが
現役引退の時期はほぼおなじ。

2016年10月18日に黒田博樹は
現役引退をすることを発表。
そのことを聞いた河野和洋は
自分も現役を引退しようと思ったとし、

2016年11月5日の
チャリティー試合で現役引退。

■河野和洋の息子、河野球人はバレエで活躍

名前:河野球人(こうの きゅうと)
生年月日:2007年5月8日

河野和洋の息子である
河野球人(きゅうと)は
現在はバレエの分野で活躍をしています。

名前の由来は「河」をとると
野球人となるためで、
野球をして欲しいという願いがこもっています。

ただし河野和洋が教えても
一週間ほどで辞めてしまい、
河野球人は6歳の頃からしているバレエで
才能を開花させています。

2017年4月11日は
アメリカのニューヨークで開催される
「ユース・アメリカ・グランプリ」
通称YAGPのファイナル出場が決定。

国内でも多くの賞を受賞しています。
また、2017年10月29日に終了したバレエの
YAGP2018日本予選もプリコンペティブ部門の男性で
河野球人は3位で通過をしています。

■おわりに

河野和洋の息子、河野球人の
生まれた日である2007年5月8日は
因縁のある松井秀喜が

日米通算2000本安打を達成した
2007年5月7日の翌日と、
物凄く縁があります。

現役引退をしたのも息子が
バレエに熱心であるため
息子中心の生活にしたいという思いも
現在はあるのかもしれません。
 

【スポンサーリンク】

 






  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket
  • LINEで送る

SNSでもご購読できます。

コメントを残す

*

CAPTCHA