奥原希望の父親、奥原圭永の教育方法が凄い

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リオ五輪で日本史上初の
バドミントンシングルスの
銅メダリストとなった奥原希望

奥原希望がバドミントン選手として
ここまで大成したのは
父親である奥原圭永の
教育方法のおかげとのこと。

今回はそんな奥原希望の父親、
奥原圭永の教育法について
みてみましょう。


 

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■奥原圭永について

奥原希望の父親、
奥原圭永(きよなが)は
長野県大町市出身。

県立大町北高(現・大町岳陽高)の
物理教師をしていて
元々はスキー部の顧問。

しかしバドミントン部の副顧問も
奥原圭永が受け持つ事になり
当時小学1年生の奥原希望、姉と兄の

3人を体育館に連れて行ったのが
奥原圭永がバドミントンを
始めたきっかけ。

また、奥原圭永は
学生時代はスケート部で
社会人になってからはスキーを始め、
全日本技能選手権出場を目指して

土日に猛練習、平日の部活動の指導後には
ナイター練習を行うほどのスポーツマン。

■奥原圭永が指導を本格的に始めたきっかけ

もともと奥原希望を
バドミントン選手にするつもりはなかった
父親の奥原圭永ですが、
小学6年生の時にとあるきっかけで
夢中になっていたスキーも辞めます。

そのきっかけは小学6年生の時の冬、
奥原圭永が練習態度で
奥原希望を叱り、
やる気があるなら態度で示せと言って

奥原希望が玄関で
縄跳びの二重跳びを開始した時の事。

この時に電話が鳴ったために
話し込んで50分過ぎてから
奥原希望の様子を見ると
苦しそうにしながらも
二重跳びを続けていたという。

この時に足は痙攣し、
足の裏の皮はむけているありさま。
奥原希望が縄跳びを
続けた理由は以下の通り。

「父に負けたくなかった」
「バドミントンに
本気だということを証明したかった」

奥原圭永は奥原希望が
本気だということがわかり
二度とやる気があるか問わないとし
自分もスキーを辞めて
奥原希望に全てを費やすと決意。
 

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■父親、奥原圭永の指導

奥原希望の父親、奥原圭永は
バドミントンの経験はなかったものの
試合を分析し、奥原希望の
1日1000ショットの練習に付き合います。

コートの隅にダンボールを置いて
ショットを打たせて
入れば1点、外せば減点で
10点になるまで終わる事はなく、

母親が諌めても奥原圭永が
一切受け付けなかったという。

中学にはいると奥原圭永は
自分の指導力を超えていると感じ
地元に元五輪代表選手の
韓国人コーチに指導を仰ぎ、

高校は元世界王者である
中国人コーチのいる埼玉の絵大宮東高へ。
奥原圭永は毎週末長野県大町市から
埼玉まで来るまで通い、
奥原希望の成長を支えたという。
 

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■おわりに

また、奥原希望は地元で
幼少期に祖父の養蜂を
手伝ったことも明かしています。
祖父は農業の傍ら養蜂に取り組んでおり
蜂蜜を販売しています。

ここからは不確定情報ですが
蜂蜜がテーマのウェブマガジン、
「ビートピア」には
奥原圭永が養蜂をしている情報が
連載されています。

奥原希望の祖父も養蜂をしていますし
画像を見る限り奥原希望の父親である
奥原圭永の可能性は高そう。

本人であるとしたら
40歳の頃から養蜂を始め、
定年後は養蜂家を
目指しているとのことなので

奥原一家は蜂とは何かしら
縁があるのかもしれません。



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