吉行和子と冨士眞奈美、岸田今日子の友達3人は仲良し3人

仲良し3人として知られている
吉行和子、冨士眞奈美、岸田今日子。
岸田今日子は2006年に
脳腫瘍でなくなってしまい、
それ以来は吉行和子と冨士眞奈美が
二人でよく出演するように。

今回は吉行和子と冨士眞奈美、
岸田今日子の友達3人が
仲良し3人と言われている
エピソードなどについてみてみましょう。


 

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■吉行和子と冨士眞奈美、岸田今日子

吉行和子と冨士眞奈美、
岸田今日子の友達3人は
仲良し3人と言われており
ひとまとめにされることもままあります。

実際に2000年5月に発売された
「ここはどこ-時に空飛ぶ三人組-」
という旅行記を連名で発売。
「わたしはだれ?-桜となって踊りけり」
という告白的エッセイ集も発売。

岸田今日子と冨士眞奈美は
ドラマ「鏡子の家」で共演して以来仲良しに。
その後に吉行和子と
岸田今日子が舞台で共演。

冨士眞奈美は結婚して外に
あまりでなくなっていたものの、
独身に戻って友達になり
仲良し3人組になりました。

実は若い頃からの友達ではなく
ある程度年をとってからということに。

■勢いで色々なことをした

そんな仲良し3人組の吉行和子、
冨士眞奈美、岸田今日子。
知り合った直後はボクシングを
3人で観に行ったり相撲を見に行ったり。

更には山下洋輔のおっかけをしたりと
様々な体験をともにしていました。
ただし常にべったりではなく
自宅には行かず、「自分は自分」と
個人的な生活までは踏み込まず。

そのことに対して冨士眞奈美は
「一線を越えない関係を
尊重しているから
長く付き合っていける」としています。
 

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■現在も俳句を…

吉行和子、冨士眞奈美、岸田今日子が
更に仲良くなったのは俳句の句会がきっかけ。
もともと吉行和子は俳句に
は興味がなかったものの
冨士眞奈美と岸田今日子が句会に参加しており
楽しそうだったために俳句を詠むように。

そのことを吉行和子はエッセイ
「老嬢は今日も上機嫌」にて語っており
良い関係が続けられたのは
俳句のおかげが大きいとも語っています。

■岸田今日子が2006年に脳腫瘍でなくなる

そんな仲良し3人組の吉行和子、
冨士眞奈美、岸田今日子。
2006年12月17日に
脳腫瘍による呼吸不全で
なくなったことが報じられました。

親友がなくなったことに対して
吉行和子は「寂しいの一言です」とコメント。
そして冨士眞奈美は
「気持ちが落ち着いたらコメントしたい」と
すぐにはコメントできず。
 

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■おわりに

吉行和子、冨士眞奈美、
岸田今日子の仲良し3人は
よく旅行に行ったものの
実は夕食後は別行動。

吉行和子はどこの国でも
マッサージを探しに夜に一人で出歩いたり。

また、冨士眞奈美はハワイで
孫が17人いるロバートという
おじいさんに惚れられたり
というエピソードも披露。



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