岡崎聡子が薬で今現在再び逮捕。5年7ヶ月ぶり

元体操選手でオリンピックにも出場した岡崎聡子
1995年に薬で逮捕をされていますが
その後も幾度も薬で逮捕。

2019年4月にも薬で逮捕されていたことが
2019年6月現在発覚しました。

今回は岡崎聡子の薬での逮捕と
今現在についてみてみましょう。


 

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■岡崎聡子について

名前:岡崎聡子(おかざき さとこ)
生年月日:1961年1月13日
出身:東京都

岡崎聡子は体操選手として
僅か15歳の時に1976年、
モントリオールオリンピックに出場。
1979年には引退して芸能活動を開始。
その後結婚して子供を出産し
芸能界を引退していました。

■薬でのはじめての逮捕

岡崎聡子が初めて薬で逮捕されたのは
1995年4月29日の事。
職質を受けて薬の所持が発覚し逮捕。
複数の薬の所持や使用が確認され再逮捕。
懲役1年6ヶ月、執行猶予3年の判決を受けます。

岡崎聡子によると初めて薬を使ったのは
アメリカのロサンゼルスに行っていた時。
当初はアメリカでのみ使っていたものの
六本木の夜の商売の人と付き合っていたため
日本でも入手できて使うように。

■その後も複数回逮捕

そして岡崎聡子は
正確にわかっているだけでも
以下のような時期に薬で逮捕。

3回目:1995年8月(執行猶予中)
4回目:2000年
5回目:2005年
6回目:2009年
7回目:2013年

また、岡崎聡子の2013年の
7回目の逮捕時には
「スーパーJチャンネル」などでは
岡崎聡子13回目の逮捕とも報じられています。
この時は内縁の夫の50歳の男が
薬を所持していた疑いで逮捕という形。
 

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■2019年4月にも逮捕されていた

岡崎聡子が2019年4月に薬で
逮捕をされていると発覚したのは
2019年6月のFNNにて。

2019年4月に落とし物をしたとして
交番に行った際に様子がおかしかったため
調べると薬の仕様が発覚。
岡崎聡子は現在は勾留中とのこと。

これが岡崎聡子にとって
8回目の薬での逮捕となるのか
14回目となるのか。

■おわりに

岡崎聡子は『月刊「創」』の
2009年11月号にて獄中手記を投稿。
その際に岡崎聡子は
以下のような記述をしています。

「薬物については、
法律違反といっても具体的に
どこがどういう理由でいけないのか
考えてみる価値はあると思います」

「だって心身がボロボロになるというのなら、
アルコールでもっとひどいことになった人は
いくらでもいます」
「なぜそれは犯罪とされないのでしょうか」

全文は以下のリンク先から。

しかし2019年4月の薬での逮捕が
何故2019年6月19日の
今現在報じられたのか。

ピエール瀧は2019年3月に
薬物での逮捕されましたが、
2019年6月18日には懲役1年6ヶ月、
執行猶予3年の判決を受けています。
そのタイミングで
あえてぶつけたのでしょうか。



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コメント

  1. SDR より:

     お邪魔します。

    過去の手記のまま、一かけらでも「他者との比較」でしか
    自身を考えられないのなら。「止まるはずがありません」
    乱暴ですが、「バカはしななきゃ治らない」の世界です。
     同い年、彼女の現役時代は私にとって「光る存在」だっ
    ただけに残念でなりません。

     服役の経験は私にもありますが、彼女は「他人事」とし
    て刑期を過ごしたのではないか。と察します。
    服役中、スピード(俗)違反の方々は傍目から見て素面では
    普通人。それどころか豊かな才能を見せたりもします。
    本人の葛藤などは判りませんが、社会悪の認識はあるけれ
    ども、「自身にとって悪」と考えているようには見えませ
    んでした。どんな犯罪も「自分にとって悪」の認識を自ら
    導かなくては逆戻り、再犯、依存に対し抗し切れない。又、
    自身に課し続けられないのではないでしょうか。
     私のような未熟者の意見はホンの一部の事にすぎません
    が、肝は自身への気付きしかないと思います。百分の一で
    も外生的要因を入れたら、「それは言い訳なんだ、自己弁
    護のきっかけなんだ」と気付きません。刑務官は矯正官で
    もありますが、「自身から湧いてくるもの」を導くことは
    できません。更生、矯正は形を踏襲することはあるけれど、
    「当人が自身に行う」ものであり、公的制度、体制はその
    為に利用するものです。

     登戸の包丁男、吹田の交番襲撃も同様と考えます。
    何も究極のストイックを求めているわけじゃありません。
    「一線」までには世の中や物事は寛容。「理不尽」だって
    無い訳じゃないけれど、命を取られた訳じゃない。
    逆に、本人が自身に対する気付きが無いため犠牲を強いら
    れた方々こそ「理不尽な被害」を被りました。

     彼女の事、出所しても(今でも)寄り添う存在はあった、
    現在もあると思います。その方たちに彼女の中の未熟な何
    かが理不尽を強いているのです。気づいた時がやっと始ま
    り。ひたすら感謝を感じて「あるべき自分」の構築が始ま
    ります。勿論、楽な道ではありませんし、修復などおこが
    ましい。そんな権利など残ってない事が多いです。

     今回は長めの夏休み中(時期は少々早め)偶々見かけて書
    き込んでおります。無責任者の事ですので、意に沿わない
    部分もあると思いますがご容赦願います。

     「集中」させる戦略はアリではないでしょうか。流れの
    早い世間の事、案件がまだあるようなら続けるのではない
    でしょうか。来夏まで。

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