浅香光代が息子と旦那のために遺言書作成済みだった。終活を早めに

浅香光代 芸能

浅香光代が膵臓がんで亡くなった事が明らかになりました。浅香光代は5年前の時点で既に遺言書を作成。旦那(内縁の夫)であるコメディアンの世志凡太と隠し子である息子二人に遺産がきちんと分配されるように専門家の指導のもとで遺言書を作成していました。

今回は浅香光代が旦那の世志凡太と隠し子である息子二人のために遺言書を作成していた事についてみてみましょう。

浅香光代が膵臓がんで死去

浅香光代

浅香光代が膵臓がんで亡くなったのは2020年12月13日。92歳でした。浅香光代は2020年10月に入院しておりこの時点で膵臓がんのステージ4と診断。余命3ヶ月と申告をされましたがそれを知るのは家族のみ。

高齢であるので手術などは体力的に厳しく、12月13日午前1時47分に家族に看取られて旅立ったとのこと。また、葬儀および告別式については近親者のみで行い、大々的なものにする予定はない事も明かされています。

また、後述しますが浅香光代は2014年に体調を崩し入院。一人での外出が困難になり事実婚の旦那の世志凡太による介護で入浴などをしていた事が明らかになっています。

野村沙知代にメッセージの過去

浅香光代と言えば野村沙知代とセットで「ミッチー・サッチー」と呼ばれる事が多くありました。当初は仲の良かった二人。しかし1999年3月頃から表舞台でも激しい口調で互いを非難し合う様子を惜しみなくさらけ出し、当初のワイドショーを賑わせていました。

そのような長年の宿敵でもある野村沙知代が2017年12月8日に死去をした際に、浅香光代にもある意味当然コメントが求められ、「私よりか元気だから元気でいると思ったのに」とどこか寂しそうにコメント。また、「私だって向こうに行った時は”その節は”って挨拶しなきゃ」などとおどけてもいました。

ミッチー・サッチー騒動は1999年の出来事ですが野村沙知代が亡くなった年、2017年4月でも「いい話みたいになってるけど、あいつには二度と会いたくないんだからね」などと取材にコメントをしたり20年近い時が流れてもまだ冷戦状態。とはいえ野村沙知代が亡くなったためにその勢いもトーンダウン…という結果に。

浅香光代が遺言書作成

浅香光代は終活として既に息子と旦那のために遺言書を作成していました。何故遺言書を作ったかと言うと、実は現在は事実婚の内縁の夫、世志凡太がいる事と大物政治家が父親である隠し子である息子二人がいるためです。父親が大物政治家であるという事、それを明かした経緯などは下記のリンクから。

浅香光代の子供の父親は大物政治家…。現在ついに息子に新事実を
ミッチー・サッチー騒動でも有名な浅香光代。2014年には隠し子として大物政治家を...

浅香光代は旦那も事実婚、息子も(顔と実名を公開してはいますが)隠し子という関係。そして自身が不動産としてビルを所有している事や総額3億円にも登る着物など莫大な財産を所持している関係から、遺産で遺族が揉めることのないように終活をしたとの事。

そうして浅香光代は財産と夫の世志凡太に半分。隠し子である息子らについては長男の北岡一男、次男の北岡昭次に4分の1ずつを分与。また、浅香光代名義であったビルも「浅香光代事務所」の法人名義に変更。

これには浅香光代と世志凡太の名前が入っており、どちらが先に亡くなったとしても後を引き継げる形にしていました。今回の遺言書作成による浅香光代にとって隠し子への遺産分与は今までの後悔をお金という形で償うとの決意にかられてであると告白。

旦那とは家庭内別居も

浅香光代と内縁の夫である世志凡太はずっと円満な関係を築いていたというわけではありません。2014年時点では既に22年間家庭内別居をしており、世志凡太が浅香光代を呼ぶときは「家元」。

そして浅香光代は自宅の監視カメラで世志凡太を関ししている事などを堂々と答えていました。そんな浅香光代と世志凡太が同じフロアで寝るようになったのは実は浅香光代の2014年の入院がきっかけ。

この入院で80歳超えの世志凡太が86歳の浅香光代を介護する、老老介護となったこともあり浅香光代の世志凡太への態度が軟化したというエピソードが…。

浅香光代の遺言書作成まとめ

  • 浅香光代は2014年に入院。
  • その時に内縁の夫による老老介護をうけた事も。
  • 体が元気なうちに遺言書作成を決意。
  • 内縁の夫・世志凡太に半分。
  • 隠し子であった息子達には罪悪感から長男に4分の1、次男に4分の1。
  • 2020年10月に膵臓がんステージ4と判明。
  • 浅香光代には病名知らせず12月に死去。

野村沙知代が亡くなったのは2017年12月8日。浅香光代が亡くなったのは2020年12月13日と二人共12月。家族関係については内縁の夫、父親の名前は公表できない隠し子である息子二人と、確かに遺言書を作っていなければのちのち揉めそうな関係ではあります。

浅香光代は今頃は野村沙知代に「その節は」と挨拶をしているのでしょうか。