YOSHIKIは父の死原因で慈善活動きっかけと告白

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YOSHIKI父の死原因など激動の人生を送っています。慈善活動きっかけはそんな父の死が理由でもあります。また、X JAPANではHIDEも亡くしToshlも洗脳騒動があったりと様々な苦難が…。

今回はそんなYOSHIKIの父の死原因などの生い立ち、そして何故それが慈善活動きっかけとなったのかについてみてみましょう。

父の死を語る

出典:YOSHIKIインスタグラム

YOSHIKIが父の死について語ったのは2009年3月19日、「NEWS ZERO」にて。この時にテレビで父が自殺をしたことを初告白。そしてそれもありチャリティ基金を設立する事を発表。

2009年5月25日に発売した著作「YOSHIKI/佳樹」でのこと。この本ではToshlとの友情やHIDEの死などX JAPANの軌跡に加え、父の死原因などYOSHIKIのそれまでの公私全てを本人が語るといった内容。

YOSHIKIのそれまでの全てが書かれた本でありamazonなど様々なオンライン書店でベストセラーランキングで一位。発売前から緊急重版が決定するなど注目度は抜群でした。その中でYOSHIKIは父との関係と突然の別れについて以下のように語っています。

  • 呉服屋の長男。
  • 裕福な家庭環境だが小児喘息で入退院をする病弱な子供だった。
  • 父親が良くジャズピアノを弾いていた。
  • YOSHIKIは4歳の時にピアノに出会い、自分のほうが上手くなった。
  • 過保護に育てられ雨の日には車で学校に迎えに来てくれた。
  • 毎年誕生日には楽器を送ってくれた。
  • しかし1976年8月、10歳の時に帰宅すると父親が横たわっており突如死んでしまった。
  • 父の死原因が自殺であったとは数年後、中学生の時に偶然知った。

YOSHIKIは父の死について告白したのはテレビ。そしてその2ヶ月後には自身の著作にてX JAPANとしての活動も踏まえて記述をしたということになります。

金スマでも更に詳しく語っていた

父の死を告白してからおよそ9年。2018年3月30日放送の「中居正広のキンスマスペシャル」にてYOSHIKIは父親の自殺について再び告白。

  • 父親の死を忘れられたのは「ロックバンドKISS」の虜になりドラムを叩いていた時。
  • 中学の時にバンドを結成するも髪型が校則違反と言われバリカンで刈られてしまう。
  • この時に大人に対する反抗心が…。
  • そうして不良となり教師とは更にいがみ合うことに。
  • そんな時期にYOSHIKIの家に親戚が来訪。
  • 今までは心臓発作で死んだと伝えられていた父親の死原因が車中で排気ガスを引き込んだことを知ってしまった。
  • 父親の死原因は不明で誰も知らない。
  • 未だに悪夢に襲われる。
  • 父親の年齢を超えても痛みは年を取らないが、なんとなく父親が見てる気がする。

このように金スマで父親の死原因が病気や心臓発作ではなく自ら命を絶ったと知ってしまったYOSHIKI。その後X JAPANとして活動をし順調かと思いきやToshlが洗脳騒動によりX JAPANを脱退することが決定的に。

そうして1997年の大晦日に解散ライブを行いHIDEはソロで活躍。YOHIKIは世界進出のため活動をするも再結成をいつかしようと二人は話し合っていました。

しかしそんな中、解散から5ヶ月後にHIDEが自殺。YOSHIKIは「自殺じゃないと今でも思ってる」「そういうタイプの人じゃない」として自分を責め精神科に通うように…。

慈善活動にものすごく力を入れていた

YOSHIKIは今まで2011年の東日本大震災で寄付など慈善活動を行っています。今までの活動で公表されている寄付だけでも以下の通り。

  • 2010年:YOSHIKI基金設立。自殺防止、遺児救済など。
  • 2011年:基金でチャリティーオークション。1100万円。
  • 2015年:11月に石巻で東日本大震災の復興ライブ。2800万円。
  • 2016年:チャリティーオークションで600万円。
  • 2017年:アメリカ・テキサス州のハリケーン「ハービー」の被害に2万5千ドル。
  • 2018年:7月に西日本豪雨で1000万円。
  • 2019年:4月に韓国の山火事被災に1億ウォン。
  • 2019年:6月にマイアミ大学フロスト音楽校に15万ドル。特別講師も。
  • 2019年:8月に放火された京アニに1000万円。
  • 2019年:8月にアマゾン熱帯雨林基金に10万ドル。
  • 2019年:9月に台風15号の被災地の千葉に1000万円・ボランティア参加。
  • 2019年:10月に台風19号の被災地に1000万円。ボランティア参加。
  • 2020年:1月にオーストラリア森林火災で合計10万ドル。
  • 2020年:3月に東日本大震災に再び1000万円。
  • 2020年:4月にコロナを研究する機関に1000万円

また、YOSHIKIは寄付に関しては基本的に公表する方針。理由としては寄付することが話題になることで更に多くの寄付が集まり、それによって多くの人が救われるため。

売名行為と言われてもチャリティー活動を続けると語っています。正直YOSHIKIは売名行為なんて必要ないレベルで抜群の知名度ですし、そんな批判はこなさそうな気もします。

慈善活動きっかけは父とHIDEの死

このゆに精力的に慈善活動をしているYOSHIKI。ではそのきっかけとは何か。それはやはり自身の生い立ちで忘れられない出来事である父とHIDEの死。

自分が母子家庭で育ったので孤児院の子供を元気づけたいというのがきっかけで2009年に海外公演に孤児院の子供を招待。そして2010年にはすぐさま基金を設立。また、HIDEも1995年に難病のGM1ガングリオシドーシスを患っていた貴志真由子さんのお見舞いなどに頻繁に行くように。

もともと貴志真由子はHIDEがあこがれの人。そうして難病のこどもの夢を叶える団体「メイク・ア・ウィッシュ・オブ・ジャパン」の活動で出会ったというのが経緯。

彼女が闘病中にHIDEが亡くなってしまいましたがYOSHIKIは彼の遺志を継いで貴志真由子さんの自宅に行くように。貴志真由子さんはHIDEが亡くなった11年後に旅立ちます。

貴志真由子さんの両親は和歌山県で「レモネードカフェ」というお店を経営。HIDEと彼女が一緒にチーズケーキを食べようと約束したもののそれは果たされず。彼女が亡くなった時に棺にチーズケーキがいれられ、そのエピソードから「約束のチーズケーキ」が店の看板メニューとなっています。

そのようなエピソードもありYOSHIKIは父の死原因が未だに正確にはわからない事もあり、後遺症なのか破滅願望のようなものがあり、生きている意味がわからなくなることも。しかしそんな彼を引き止めているのが慈善活動。

YOSHIKIにとって慈善活動とは他者を助けるだけではなく、自分が存在する意味を感じる事のできるもの。情けは人のためならずということでしょうか…。

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