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雅子さまと妹の関係は?若い頃の姉妹エピソードや経歴についても

雅子さまと妹の関係は?若い頃の姉妹エピソードや経歴についても

2025年9月に東京で行われた世界陸上を観戦された皇后雅子さま。当初は天皇陛下のみが観戦される予定だったそうですが、愛子さまと共にサプライズで登場され、観客を沸かせました。

そんな雅子さまに妹がいるということはご存知でしょうか?今回は、雅子さま姉妹の関係性や若い頃のエピソード、経歴について調査しました。

目次

雅子さまと妹の関係は?

外交官の父・小和田恆さんと母・優美子さんの間に生まれ、3歳下に双子の妹がいる雅子さまは3姉妹の長女となります。

以下では、雅子さまと妹たちについて詳しくご紹介していきます。

双子の妹たち

雅子さまの双子の妹たちのお名前は、それぞれ結婚されているため名字が違いますが、池田礼子(いけだ れいこ)さんと渋谷節子(しぶや せつこ)さんです。1966年7月生まれで、1963年生まれの雅子さまの3歳年下となります。

妹たちの出生地については諸説ありますが、スイス・ジュネーヴの病院で生まれたとする説が複数見られます。一家は外交官だった父の都合で、モスクワやニューヨークなど海外転勤が多く、3姉妹とも幼少期は海外で暮らしていました。

雅子さまと妹たちの関係性

報道されている情報から、雅子さまは妹たちにとって「しっかりした姉」「見本」としての役割が期待されてきたようです。妹たちが進学やキャリアを築く際、姉としての影響力や支援の可能性も指摘されてきました。

過去には妹たちが公的行事に際して姉を見送る場面など、姉妹一緒に登場する機会も。雅子さまのご成婚の際には、両親と共に妹たちも見送りに参加した様子が報じられています。

出典元:kata62kima

若い頃の姉妹エピソード

外交官家庭として雅子さま、礼子さん、節子さんは幼少期に国際的な環境で育ちました。

モスクワ、ニューヨーク、ジュネーヴなど父の赴任先で暮らし、雅子さまは小学校1年生で帰国するまで、アメリカで現地校に通いつつ日本語の学校にも通学。言語教育も含めた多文化環境で育ちました。

こうした環境のなかで、姉妹間で助け合う場面や生活を分かち合う時間もあったのではないでしょうか。姉妹で夜の「朗読の時間」があったといい、母が童話を読んで聞かせてくれ、「フランダースの犬」などの物語で涙を流すこともあったそうです。

”準皇族”論

雅子さまと妹たち3人がそろって公の場に立つ機会は限られていますが、若い頃にはいくつかありました。

例えば、雅子さまの学習院OB管弦楽団の演奏鑑賞イベントに、両親と妹たちも同席していたという報道も。「雅子さまと双子の妹との3ショット」なども報じられ、一部ネット上では、妹たちについて「準皇族」などと呼ぶこともありました。

これは公式な呼称ではなく、マスコミやファンによる表現であると考えられます。

雅子さまと妹たちの経歴

ここからは、雅子さまと妹たちの経歴について1人ずつご紹介していきます。

出典元:皇室ヒストリー

①雅子さま

1963年12月生まれの東京出身。2025年10月現在、61歳となります。

  • 1歳頃からモスクワ
  • 1968~1971年:アメリカ
  • 1971〜1979年:日本
  • 1979年:アメリカの高校に転校
  • 1981年:ハーバード大学経済学部入学
  • 1985年:同大学卒業(優等で卒業)
  • 1986年:東京大学法学部に学士入学(編入)
  • 1987〜1988年:大学を中退し外務省入省。国際機関第二課などで勤務
  • 1988〜1990年: 英・オックスフォード大学ベリオール・カレッジに留学
  • 1993年6月:皇太子徳仁親王(現・天皇陛下)とご結婚

”キャリアウーマン”だった

経歴からもわかるように海外生活も長いため、国際的な視野と知性、そして高い語学力を持つ雅子さま。英語、フランス語、ドイツ語、ロシア語、スペイン語が堪能だと言われています。

雅子さまは、当時女性の合格者がまだ一桁台だったという時代の外交官試験に合格。東大法学部でも「最難関」と言われる国家試験でした。「才色兼備の象徴」として当時の新聞報道でも「美人外交官」「国際派才媛」として話題に。

通訳としても非常に優秀で、要人との交渉の場にも関与していたとされ、まさに時代を先駆ける国際派エリートのキャリアウーマンでした。

長い療養生活を乗り越え

雅子さまは2001年12月に愛子さまをご出産後、2004年に適応障害と診断され、長い療養生活に入りました。

雅子さまは結婚により外務省を退職し、皇室に入ることで国際官僚としてキャリアを断念せざるを得ませんでした。「キャリアを捨てて皇室へ」という決断は、国内外でも大きな話題に。

そういったこともあり、国際派な雅子さまにとって伝統と慣習に厳格な皇室とは不和があったのかもしれません。

しかし徐々に公務に復帰され、2019年には皇后に。国内外の公務、文化・教育関連行事などに積極的に参加されています。

②妹:礼子さん

礼子さんは、田園調布雙葉学園を経て慶應義塾大学法学部政治学科を卒業し、その後ジュネーヴ大学大学院で国際問題・国際関係などを学んだようです。

UNICEFや国連関係機関などで国際公務員として働いた経歴が知られており、日本ユニセフ協会の学校事業部アドバイザーなどの役割を担っていたと報じられています。

さらに「国立国会図書館」の典拠データには、元・国連児童基金勤務者として登録されているようです。国際的なキャリアと家庭を両立させてきた人物として、報道や紹介記事でしばしば取り上げられている人物です。

③妹:節子さん

節子さんは東京大学文学部を卒業後、ハーバード大学で人類学を学び、文化人類学を専門にする研究者・教育者としての道を歩んできたという情報があります。本田技研工業(ホンダ)で勤務したという報道も。

その後、文化人類学の分野で教鞭を執るようになり、福知山公立大学の教授として就任したという報道もあります。研究者・教育者として独自の道を歩んでいるようです。

まとめ

ここまで、皇后雅子さまと妹たちの関係性や経歴についてご紹介しました。

雅子さまと妹たちは外交官家庭で育ち、それぞれが優れた教育とキャリアを築いてきました。私的な関係については語られていませんが、それぞれが専門分野で活動されているようです。

日本が誇る高いコミュニケーション能力で、雅子さまの存在感はますます発揮されていくことでしょう。

この記事を書いた人

銀鼠ニュース運営管理者のpopoです!調べ出したら止まらない性格です。芸能人や有名スポーツ選手の熱愛エンタメや資産まで気になるニュースを深堀していきます!

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